OL愛に溢れた連ドラの"再演"

劇場版おっさんずラブの感想を書く前に一応自分の事を書いておきます
・武川政宗というキャラクター、特に過去武牧や作中の武→牧春描写に泥のように萌えつつ、本編で描写があったCPは全般好き
・連ドラ終了後から劇場版公開までは暫くブランクがあったいちファン
なのでドラマファン批評半分CP者感想半分みたいな視点になりますので念のためご留意ください。

で、元からネタバレ死んでも踏みたくないマンだったので一切情報シャットアウトして劇場版初見を公開一週間後くらいの日に臨んだんですが、
結論から言うとどのシーンとも言えないけど自然とずっと泣いてしまうような興奮状態のテンションで終始見ました。これは鑑賞中、大好きだったおっさんずラブの世界に戻ってきた多幸感がとにかく大きかったからだと思います。かなり笑ったし牧春のいちゃつきには萌えたし、武川さん出るたびに身構えすぎてビクゥッてなってた

そして情報をシャットダウンしていたというものの予告編を見て否が応でも劇場版で武川主任の新たな描写がある事はある程度予想済で、武牧好きとしては一抹の不安も感じてはいましたが、その反面おっさんずラブというドラマ自体が好きすぎて純粋に公開を楽しみに待ってました。

“おっさんずラブ”という作品

今作の大きな特徴として黒澤部長の記憶喪失がありました。これは実に妙案だったと思います。というのもおっさんずラブの世界観というのは単なる春田と牧の恋物語ではなく、黒澤部長の存在無しでは決して成立しないものだからです。黒澤武蔵というおっさんでありながら完全なるヒロイン且つ敵役という画期的なキャラクターが主人公のラブを牽引している、それは単発版の頃から変わらない、この作品の基本構造です。(単発版→連ドラへの変遷時に部長と春田はそのままに相手役を据え変えている事でもこれは明らかです)
ですのでドラマ版でも部長が恋に破れて主人公が恋人とハッピーエンドになる事で一応物語は完結しています。
それをわざわざ劇場版にして作る手段としては
①ラブストーリーの続き、登場キャラクターの後日談を続編として描く
②話題作であった本作を劇場版という舞台にあがらせ、世界観を煮詰めて総まとめ的に描く
の2パターンがあると思います。
②の手法というのはヒットしたアニメシリーズの劇場版によくあるパターンと書くとニュアンスが伝わりやすいかと思います。
本作は時系列で続編である以上①の要素もあるものの、実は基本的には②のパターンの映画作品であり、これを成立させる為に黒澤部長を記憶喪失にして、連ドラの時間を無理矢理もう一度生きさせたんだなと鑑賞後強く感じました。部長にもう一度春田に恋をさせて、行き詰まった春田と牧の恋を導くストーリー。最初に本作が連ドラの"再演"だと書いたのはこのためです。

それにしても本作、ルナティック雑技団の三巻のラストで夢実に去られた天湖森夜が夢実の恋敵の薫子と共に豪華客船乗っ取りに巻き込まれアクションバトルを繰り広げるも、本編の進展は別段ないまま終始謎のテンションで作品の面白さと勢いを伝えたスペシャル回を思い出させます。
OL劇場版、まさにそういう感じなので、設定が荒唐無稽でスケールでかくしすぎたという指摘はコメディドラマのスペシャル版にむかって割と無粋かなあと思いました。不動産屋のドラマなのに上海マフィアに巻き込まれてドカーン!大爆発!?ってギャグかな????と思いましたがOLには大変お似合いだと私は思います。ノリが岡田あ~みんですもん いいじゃん 眞島さんもその滅茶苦茶さにセルフ突っ込みしてた(パンフ参照)

そんなわけで物語の基本構造を踏襲しているためOLの世界観が色濃く感じられた劇場版、私の場合はただそれだけで文句なしに楽しめました。もしかしたら続編として各々の推しキャラクターやCPの後日談や細部に期待値が高いと、視聴後齟齬が生じる方はいるかもなというのは感じましたが、その辺りは行間を読んだりいわゆる民同士で考察などで補完していくのもまた楽しみの一つだと思うのでそういった内容の側面で議論が交わされるのは結果映画作品にとっては幸せな事だなと思います。

主役たる春田と牧についてはお好きな方がたくさん議論を交わしていると思うので私は推しの武川政宗について話したいと思います。

武川政宗という男 〜劇場版〜

武川さんについては明らかに連ドラ版とは描写が変わっている点がありました。それは
❶元恋人牧への未練描写がほぼ無くなった
❷黒澤部長への想いの描写が大きく増した

の二点です。
これに関して、主任の突然のキャラ変更ではという意見も見られましたが、私個人はこれはどちらもあり得る事だなと捉えました。
❶が描かれなかったのはこれは武川政宗が"再演"の構成に入っていない為です。武川さんは記憶喪失の部長や、連ドラ時から変わらずどこか不安定な関係の春田と牧と違い、あの最終回から地続きの時間をずっと生きてきた物語の登場人物の一人として描かれています。マロや蝶子さんなどもそうですね。あと、牧サイドの気持ちの揺れの描写は、主にミスリードではありつつも狸穴さんという劇場版ゲストに演出を全振りされていたため、メリハリとして余計に影を潜める必要があったんだと思います。勿論そういう未練のある描写がもしハッキリとあったら武牧者としては昇天したと思いますが、その反面連ドラ最終回にいたるまでのふたりのやり取りの感動を薄めたくないという気持ちも私には少なからずあったので、武川さんには牧を変わらず愛し、見守る人になっていてほしいという思いが大きかったです。
❷に関しては、元々武川さんが黒澤部長に対してクソデカ感情があったのは連ドラ序盤から描かれていた事なので、それが失恋者同士のシンパシーで更に大きくなったとすればあり得る事だなと思いました。ただここで私が一番言っておきたいのは、それが恋愛感情だとは最後まではっきりとは描かれていなかったのではないかという事です。元々割と原作脚本至上主義オタク的なところがあるので、劇場版が武黒or黒武的な展開を用意するなら受け入れる覚悟はしていたのですが、私の鑑賞後の感触としては、決定的な表現が無く上司への親愛・同士としての共感とも受け取れ、なによりこれで制作サイドが武黒or黒武エンドで終わらせたがっているとはとても言い難いと感じた事です。
逆に言えば、もし制作サイドがあの二人をくっつけるのが最良と思っているのならば、もっと分かりやすく描けるし、その方が物語としては綺麗に収まるはずが実際はそうではなかったからです。

ちなみに武川さん、相変わらず潔癖症なとことか、謎タイミングでやたらと声がでかいところは健在でとても愛おしかったです。やられるたびにクソ笑うからやめてほしい。

で、本作。"❶元恋人牧への未練描写がほぼ無くなった"に関して、未練は感じられませんでしたが、武牧的な描写は充分に感じられ、私が劇場版の満足度が高かった大部分はこれにつきます(正直者)

備忘録として一応書いとくと(セリフうろ覚えです)

・春田へ「牧は本社に戻ったんだ、聞いてないのか?」「牧から夢の話聞いてたか?」→出、出~!俺は聞いてたけどなアピール!!!!蘇るサラダマウント
・蝶子さんとマロと話している時ひとりだけ何故かみかんゼリーを食っている
・みかんの花火があがる(※最早こじつけ)
爆発シーンで牧の名前を叫んでいる説→脱出後真っ先に牧の元へ抱き締めに走る→頭わしゃわしゃ撫で撫で→牧の嬉しそうな顔!!!!!!!!🌋

ありがとうございますありがとうございます
これだけで武川さんの中の牧が、牧の中のマサムネが今でも大事な大事な存在だということがビシバシ伝わってきたので私は感無量でした。ご静聴ありがとうございました。

とLOVEorDEAD武牧ダイジェストを振り返っただけで満足して終わりそうになりましたが私が言いたいのはそこだけではないのでもう少し書かせてください。


そして"❷黒澤部長への想いの描写が大きく増した"について、気になる場面の個人的な捉え方を書いておきます。


・病床の部長を過剰に心配する武川さんに蝶子さんがエエッ!?てなっている
→政宗が部長に対し“特別な感情”がある事はまだ周知されていなかった=つまりまだ何も始まっておらず、政宗からしかこの矢印は出ていない事を示している
この“特別な感情”が恋愛感情かどうかはこの時点では明らかになっていません


・武川さんが記憶喪失後の部長に花火大会の事について聞くシーン
もしかしたら屋上で自分と一緒に見てみませんかという約束をしていたのかもしれない。屋上で話す武川さんと部長というと連ドラ最終回の失恋者同士の会話を彷彿とさせます。あの花火大会、牧は浴衣を仕立てたり相当楽しみにしていた様なので、国内にいて理解者の一人でもある武川にはその旨を話している可能性があります。
そして黒澤部長が花火大会と聞いても武川との約束にピンと来ていないという事は、部長も春田と結びつけて花火大会の事を記憶していた可能性が高いのでは無いかというところです。つまり、記憶喪失前の部長も花火大会で春田と牧が久々にデートをする事を知っていた可能性があるのではないか、という事です。本編中ほぼ記憶喪失状態の部長は、連ドラ最終日以降どのような感情を春田と牧に抱いていたかははっきりとは描かれていませんが、はるたんとあれだけの大恋愛をした人です。もしそこにわずかな切なさが残っているとしたら…その様子を見た政宗が仕事が終わったら自分と一緒に見ませんかと誘っていたのでは無いでしょうか。失恋者同士で見る花火の約束だったからこそ部長の記憶から抜けていたのではないでしょうか。もとより部長に大きな親愛と尊敬、そしてあの日以降大きな共感を抱いている政宗とは、仕事以外でも色々と話す間柄になっていたのかもしれません。先述の“特別な感情”の源がこの共感であるならば、劇場版での武川政宗の部長への対応の変化はなんら不自然ではないと思います。


・自分が好きになる人はいつも違う誰かを好きになる
本作で牧へのことが言及される唯一のシーンです。それと同時に牧との恋愛以外の事も指しているような表現でもあります。一連の流れからつまり黒澤部長の事でもあるのでは…?と感じさせるセリフですが、こちらもこの時点では明らかになっていません


・黒澤部長が“お前が俺をシンデレラ状態”で記憶を取り戻すシーン
武川さんが靴を拾った時点でこれはフラグを回収してやっぱり綺麗に武黒エンドに持っていくのかな?と一瞬思いました。が、ここで私がびっくりしたのは武川さんが部長に靴を履かせる行為が記憶を取り戻すきっかけにはなったものの、黒澤武蔵が武川政宗を注視するカットは一切無かった事です。あそこでかつての春田に感じた時のようにキラキラする政宗の表情カットを入れないのは物語の構成的に言えば不自然であると言わざるを得ないと思います。つまり部長にとっては、武川君が俺をシンデレラにしたわけではないという事です。記憶を取り戻し「なんてこったー!!!!」になるきっかけではありましたが、もし制作サイドが黒澤部長と武川政宗にそういったエンディングを用意したいという意図があるならこの綺麗にフラグが回収できるシーンで武川に堕ちる画面を省くということはまず考えられないと思います。私がこの映画が黒澤武蔵と武川政宗をくっつけて丸く納めるように作られてはいないと感じる一番の理由はここです。

・愛されるより愛したいマジで(足ドン)
KinKi Kids…!?あのシーンを見たときの私の頭の中はその言葉でいっぱいでした。そんなことより、このシーンもまさに連ドラの再演を象徴するひとつでした。そう、物語を総括して振り返る年長者で失恋者のふたりが語り合う、連ドラ最終回と全く同じ構図です。ひとつ違うのはあの時「部長にとってこれは最後から何番目の恋ですか?」と弱々しいセリフを言った武川政宗は時を経て成長して、「愛されるより愛したい」という前向きな思考になっていたところです。あの頃はむしろ部長の方が前向きで、武川の手を握って茶化したり励ますようなそぶりを見せていましたが、今度は武川の方が傷ついた部長を引っ張り上げたんだなと思いました(足ドン付きで) そして吹っ切れた部長がダッシュしてのジャンプブーケトス!!このラストシーンこそ黒澤武蔵という唯一無二のキャラクターへのまごうかたなき最期の花束だと私は感じました。この作品で最期にブーケを受け取るべき人物は誰が考えてもヒロインたる黒澤武蔵が相応しい。あれは制作陣からのメッセージなのではないでしょうか。恋に破れたヒロインがこれから前向きに歩み出す事を祝福されたラストシーンはとても清々しくおっさんずラブという作品の最高の大団円になったと思います。


以上の事をまとめますと、私の中で❶❷の見解は
武川主任は黒澤部長に対して特別な感情を抱いているがその正体は最後まで明らかにされておらず、愛したい相手が部長であるとは明言されていない。
黒澤部長は武川主任へ恋愛感情は抱いていないが、主任の言動から見るに記憶喪失前から上司部下の関係を超えてプライベートな悩みを話せる濃い間柄に進展していた可能性は高い
【総括】劇場版の武川政宗は、連ドラ版で失恋した二人の共通の現実を生きる人であり、記憶を失った部長を最後に導く受け皿としての役割を担っている。
なので連ドラ版から本作で描かれていた主任と部長の恋愛感情とは違う信頼関係が大好きだった私は、劇場版でのこの二人の描写はそのままの解釈で受け取り、この二人が歩み出す後日談が見られた事が滅茶苦茶に良かったと思っています。(逆に帰宅してしばらくウキウキして感想見回ってたらあまりにも恋愛感情だと断定している感想が多くてびっくりしている)もちろんあの二人が結ばれる道があると想定して祝福する人がいるのもスペシャルハッピーだと思うし、そこは鑑賞者次第でいいと思います。でももし腑に落ちないなと感じている人がいたとしたら、何の疑問も持たず大真面目にこういう見方をした奴もいるよという事を知ってもらえたらなと思いnoteを書きました。


おまけ編 〜黒澤武蔵はモンスターである〜

しかしここで実に面白いのは、もし劇場版で武黒or黒武ルートが露骨に示されていたとしたらと考えた場合、黒澤武蔵が新しい恋に前向きになるというのは、同時に部長がはるたん以外に恋に落ちるという、おっさんずラブの基本構造を揺るがしかねない最大のタブーでもあったなと思う点です。だからこそ“おっさんずラブ”はここで終わりなんだなと思いました。
もし続編をやるなら同じように部長には記憶喪失になって頂くか、パンフインタビューにあったような時代劇タイムスリップものにするかです。(ファンの大半が別にそういう"続編"を求めているわけではないのは明らかなんですが)制作側が「黒澤武蔵は春田創一に恋をする」を繰り返し提唱してしまっているところがとても面白いですよね。黒澤武蔵はヒロインでありながら物語の最大の舞台装置と化しているわけです。田中圭氏が、黒澤部長演じる吉田鋼太郎氏をモンスターと称しているところなどまさにその名の通りで、このキャラクターは繰り返しOLの世界を再演するために恋に落ちる運命を定められた実に恐ろしい存在です。再演のために何度もタイムリープする黒澤武蔵、なにこれ萌える。

私は、部長からの矢印がついぞ武川さんへは出てこず、脚本があの二人を今ひとつ断定的にCPとして描かなかった理由はここにあるからでは無いか?と思っています。物語的に綺麗に納まりどころを示してしまえば「黒澤武蔵は春田創一に恋をする」舞台のOLの世界がそこで終わってしまうからです。あえてパンフレットの相関図にも二人の間に何も記載がなかったのはそのせいかなとも思っています。あッ、ちゃんと武蔵には武川さんがいるのか、そ〜なんだ〜って視聴者が収めちゃったら続き絶対書けないもんね。

最後に 〜自分の現在のCP感〜

私は武牧好きではあるんですが、武川さんが牧という存在を変わらず想い見守りつつ、次の恋になんとか前を向けるようになっている姿を今回見て、切ないけれどガンバレ…と思いました。(私の解釈ではそれは未だ見ぬ存在ですが) 万が一それが部長だったとしても…武川さんが前を向いているのなら、私は政宗のハの字眉毛の破顔フェイスを浮かべつつ応援すると思います。
一方黒澤部長に関しては春田以外を好きになる姿がいまだ描かれておらず、そして先述の通りそれが物語の根幹を揺るがしかねない為、正直わたしには彼の気持ちが武川に向く図がどうしても想像できません。私の中の武蔵、どんなに猛アプローチしても「え…………?はるたん👨🏻」としか答えてくれない…ラストのブーケトスで前向きに歩みだした、それだけで十分美しいと私は思います。
パンフレットで眞島さんが「部長への想いが爆発した」と語られていたり、販促のWEBライターが書いた記事の中には「部長に片想い中の武川主任」と表現しているものも中には見うけられましたが、与えられた映画作品内で視聴者一人一人が感じとった事が全てで良い、と私は思っています。

でもこのnote書くにあたって武川さんと部長の関係について滅茶苦茶考えたので、公式でそういった続編が描かれることはおそらく無いだろうと思いますが、もしこの先武蔵の心の変化もちゃんと表現してくれたストンと心に落ちる二人の素敵な二次創作などを見たら好きになってしまうかもなあ…という気持ちも芽生えました。勿論、牧君との過去の絆は良い形で残したままで…普段から複数のキャラクター関係が立体的になっていくのが好きなタイプなので、今回の劇場版で大好きな武川さんの世界が広がっているのが分かってとてもよかったなと思います。

体調の都合で自分は一度しか劇場版見にいけないのですが(というか初回が既に這ってでも無理矢理行くぞ感あった)鑑賞後しばらく、色んな感想や葛藤とか見方への批判を見ていてちょっとしんどく感じる事もありました。が、こうして自分なりの鑑賞ノートを残してみると、ああもう一度見返したかった…と強く思える作品でした。おっさんずラブ本当に面白いね…終わってしまうのがとても寂しいです。


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