私も貧困でした。〜「合理的な」沖縄の貧困構造を何としても壊すために〜

ハイタイ!阿波根あずさです。
先日、とても重要な記事を見つけました。

「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」について沖縄大学人文学部准教授の樋口耕太郎さんが執筆した記事です。沖縄の企業の仕組み、人間関係、慣習など、あらゆる角度から沖縄の貧困について分析しています。

記事の中で樋口さんは、主に4つの要因をあげています。

■貧困の構造① 無敵の沖縄企業
■貧困の構造② 活躍を望ま(め)ない従業員
■貧困の構造③ 消費者が同じものを買い続ける
■貧困の構造④ 賃金を積極的に支払う理由がない

私自身も、沖縄の同調圧力に悩み続けている当事者です。樋口さんが提示している貧困の構造①〜④全ての項目を経験してきました。

 ■貧困の構造① 無敵の沖縄企業
私は以前、琉球新報のWEB媒体である琉球新報Styleで「阿波根あずさのうちなータレント名鑑」という連載をしていました。担当編集者は、紙面で基地問題等を取材していた女性のN記者。私の連載が始まる少し前にWEBの部門に移動してきたばかりで、新聞記者としてはベテランですが、WEBに関してはほぼ素人でした(そもそも企画段階では、WEBに造詣の深い記者が編集を担当する予定でしたが、新年度だからなのか急に変更となりました)。新聞と違ってWEBの記事は、かっちりと決まった字数制限がなく、写真や言葉を入れることによって楽しさを倍加させることができます。しかし、N記者は、私が書いた文章を「字数が多い」という理由で大事な部分をそぎ落とそうとしていました。沖縄で活躍するタレントさん、芸人さんがマスメディアではなかなか見せない人柄を伝えたくて入れたボケやツッコミの部分も、N記者が編集した後は、ごっそりと無くなってしまいました。私の文章は、誰が書いても同じような味気のない文章になってしまったのです。全体1位という結果を残したにも関わらず、依然として無駄なやり取りを求めるN記者に対して、私は改善を求めました。そして、どうしても譲れないのであれば、編集担当をWEBが得意な記者に変えてほしいというお願いもしました。しかし、担当編集者は変えられないということだったので、私はまだ始まったばかりの連載を5回で打ち切りにしました。この件に関して詳細を記したnoteはこちらです。

当然ですが、媒体に載せる記事の編集権は琉球新報側にあります。私も放送局に務めていた経験があるので、十分に理解しています。しかし、当初の予定とは異なる畑違いの記者が編集にあたり、散々無駄なやりとりをさせられ、挙げ句の果てに「成長の機会を奪うな!」と迫るのはあまりにも傲慢ではないでしょうか。
琉球新報は、沖縄の大手新聞社のうちの1つで、地元企業の中では圧倒的強者です。「全体1位をとったからとは言え、阿波根の意見を取り入れなくても、琉球新報は大手だから全く問題ない。それに、自分の方が取材も記事を書いてきた回数も多い。自分のやり方が正しい」という思いが、N記者の中に少なからずあったのではないでしょうか。だから、それが結局、変化を嫌う「無敵の沖縄企業」の傲慢さにつながってしまったのではないかと思っています。

■貧困の構造② 活躍を望ま(め)ない従業員
私は小・中学校の頃、同級生と比べて比較的、勉強ができる人間でした。特に英語が好きだったので、スピーチコンテストに出場することも多く、放課後、英語の先生と一緒にコンテストに向けて練習することもしばしば。そういった私の行動をあまり良く思わない友人や先輩もいました。傘、ノートが無くなり、登校した時に上履きが男子トイレに捨てられていたこともあります。少し目立つと「良い子じらー(良い子ぶっている)」と揶揄され、標的にされてしまう。

沖縄では、物事を変える人、社会を発展させる人に対して(目に見えない、しかしはっきりとした)圧力がかかる。教室で質問するだけで、「あいつはいいカッコしている」という空気が生まれる。人間関係に敏感なウチナーンチュは、空気の変化を読み、自分の行動をすぐさま修正する。

それは、大人になっても同じだと思います。周りと違うことを少しでもすると、友人が離れていく。今では「そもそも、そんなことするヤツは友達じゃないよね」と思えるんですが、他人の目ばかり気にしていた頃の私にとってはでーじキツかったです。友人が離れないように、私自身も無難な行動をしなきゃいけないんじゃないかと思い、自分が持っている個性や自分の好きな物に対する感情を表に出すことが出来ませんでした。
表に出て本当の自分の気持ちを話すと、目をつけられてしまう。そう察した私は、いつしか自分で自分を騙す人間になってしまいました。自分の言動と心と行動が一致しないんです。例えば、心の中で本当は「この人苦手だなあ」と友人に対して思っていたとしても、苦手じゃないように振る舞う。むしろ「◯◯ちゃんと仲良いんだよ」と嘘を言ってしまう。自分で自分を騙すことが、幼い頃の自分なりの自己防衛だったのだと思います。しかし、その結果、大人になった今でも「自分が言ったことは本心なのだろうか?」と、毎回疑わなくてはならない。疑えば疑うほど「そもそも、本当の自分の素直な気持ちって何だろう?」と分からなくて混乱してしまう。この辛い時期が20年以上も続きました。今でも完治したとは言えないので、自分の言動、心、行動がしっかり一致するように自分で意識をしています。

■貧困の構造③ 消費者が同じものを買い続ける

沖縄では商品の質よりも、時には価格よりも、人の気持ちと人間関係の繊細なバランスによって経済が動く。人の気持ちに配慮して、欲しくもないものを長年利用し続けることも珍しくない。

私は、小学6年生の頃の冬、よくパーカーを着て登校していました。その時着ていたパーカーのブランドが「ベネトン」というイタリアのブランド。フリース素材の鮮やかな青地に、ショッキングピンク、黄色、黄緑で花の絵が描かれたパーカーでした。着心地が良かったので頻繁に着ていたのですが、その服を着る度に「うわーまた派手な服を着ている」と同級生から、からかわれるばかりでした。
そう言われる度に、嫌で嫌でしょうがなかった。だからこそ「皆が良いと思うものを選べば良いんだ」という発想に至ってしまい、以後、自分の好みは無視して、他人の意見を鵜呑みにするようになりました。

そして、つい最近まで、自分が欲しいものよりも他者が欲しいものばかりが気になってしまう性格でした。例えば、多くのブロガーのブログを読み続け、Instagramで見知らぬ人の投稿を隈なくチェック。大して欲しくもない洋服でも「これ買ってみようかな」ぐらいの軽いノリで買っていました。自分の価値観ではなく、他者の価値観で買うものを決めていたんです。そして数回着ると飽きてしまい、タンスの奥底にしまうか売るか捨てるかで、さようなら。これではいくらあってもお金は足りません。本当に自分に似合う服は長持ちしますが、それ以外の洋服はすぐにダメにしてしまう。物の扱い方がとにかく雑でした。

そういった生活を続けてきたわけですが、さすがに限界が訪れます。自分の生活を見直した時に、さすがにこれはマズイと思い、1年前からミニマリストになることを決意。洋服は1年を通してアウターも合わせて20着以下に絞りました。この20着の服は、私が自分の目でじっくり見て、良さを確信して買った物なので、自分にとってどれも最高級品!生活を変えて本当に良かったと思っています。ミニマリストに関するnoteはこちらです。

■貧困の構造④ 賃金を積極的に支払う理由がない
お金に関しての失敗ででーじ後悔しているのが「自分を安売りしたこと」です。私は2016年にフリーランスになり、主に、ラジオ・司会業・ライターとして活動していました。フリーランスになったばかりの頃は、とにかく1つでも多くの仕事を獲得することに必死で、ギャランティーに対してそんなに拘りも持っていませんでした。フリーランスとして駆け出しの頃、ある企業からイベントの司会の依頼があり、2時間で5000円の司会料を提示されました。正直「え、でーじ安いんだけど…」と思いながらも仕事を受けることに。その間、企業の方と何度かやりとりをしていく中で、イベントの時に、できる限りフリートークでやって欲しいという要望があったのです。2時間の中でどんなことを話そうかと考え、話せるネタを書き起こしたり、事前の会食にも参加。司会の準備時間なども考えると、とても見合った金額とは言えません。それでも私は、仕事を失う恐怖から、低価格での依頼を受けてしまったのです。
この仕事が終わった後も、同じ企業から何度か仕事の依頼がありました。でも、どれも全て低価格。1万円を超えることはありません。一度、安売りをしてしまったので、そこから金額を上げて提示することができませんでした。

さらに経営者にとって都合の良いことに、ただでさえ全国最低水準の所得で働いている従業員自らが多くの報酬を望まないため、沖縄の経営者は労せずして人件費を大幅に抑制することができる。このようにして、沖縄の経営者は、イノベーションも不要、新規事業も不要、マーケティングも不要、人材登用も不要、人材育成も不要で、潤沢な利益を享受する立場にいる。

こうして安売りをやめられないままズルズルと仕事を続けていた時に、私がミス沖縄をしていた頃からお世話になっていた取引先のSさんから「阿波根さん、絶対に自分を安売りしてはいけないよ。一度でも自分を安く売ってしまうと、自分が金額を上げたいと思っても高くすることができなくなるからね」と厳しく注意を受けました。その方から、ビジネスの際の交渉の仕方を学び、ビクビクしながらも自分から金額を提示できるように自分自身を変えていきました。
フリーランスの世界で、仕事のやり方など誰も教えてくれないのは当たり前です。そんな中で、私の仕事の仕方を「間違っているよ!」と注意してくれたSさんには本当に感謝です。
この件以降、私は自分を安売りすることは一切やめて、自分で決めたギャランティーを取引先に提示できる自分に変えていきました。

このように私は長年、沖縄の貧困の構造や、同調圧力に苦しめられ、今もその構造と闘っています。とにかく沖縄の同調圧力は酷い。やられっぱなしの私は、この貧困の構造にはまってしまい、ずっと貧乏でした。洗濯機も買えない、家にガスを通すこともできないほど、生活が苦しかった。他者に嫌われないように、人間関係が傷つかないようにうまくやっているはずなのに。

だから、そういう生き方をやめました。同調圧力に負け続けて、自分の人生を壊したくない。「もっと、自由に生きたい!!!」という自分の素直な思いに耳を傾けて、自分革命を始めました。今、同調圧力をできる限り排除できる生き方に変えようとしています。

そのためには、力が必要です。仕事をする時、相手のペースにのまれるのではなく、しっかりと交渉をする能力を身につける。相手がどんなに大企業でも怯むことなく、対等にビジネスをする。本当にやりたい仕事以外は全部断り、請負の仕事だけではなく自分で仕事を作ることも始めました。
仕事のやり方、人間関係が変わり、収入も大きく変化しました。起業もしましたし、一緒に仕事をする仲間も増え、今、新しく進めている案件もいくつかあります。同調圧力をはね返そうとして、失ったものも多々あります。嫌われることも増えました。狭い島だから、また明日あのスーパーで出くわすかも…という不快感もあります。でも、それ以上に得たものが大きい。自分でビジネスをしてお金を稼げるようになりましたし、何よりも、自分らしくのびのびと生きられるようになったことがとても幸せです。

貧困の構造を放置することは、沖縄にとって幸せなはずがないんです。だから、貧困を自分達で放置しちゃいけない。貧困を脱出しないと、ずっと苦しいままで人生を終えてしまうことになるでしょう。

おそらく、今も、あの頃の私のように苦しんでいる子供達が、この島にいる。

貧困の構造を変えられるのは、ヤマトンチュでもアメリカーでもなく、ウチナーンチュです。だったら、変わろう。変えよう。他者を見るのではなくて、自分の人生と向き合おう。その覚悟と努力が、今のウチナーンチュに問われていると思います。

※ 2018/08/22 01:44 タイトルを変更しました。


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