「あたし」は、この記事を書いている、ゲームユーザーこと、あたし。
私は、ユーザーとアイドルを繋ぐ橋渡しであり、この物語にあたしが介入するための媒体であり、この世界の女神、『プロデューサー』。名前はそう、あんずさん。

あんずさんは2winkの『プロデューサー』だ。2winkに限らずそうだ。一回目に2winkへボルケーノアイランドへの出場依頼が来た時は、家族会議に参加していたし、番組サイドへの交渉をしてもらっている。それより前、学年が上がる前から、彼女はアイドルのプロデューサーをしている。プロデュース科の女子生徒だから。みんなのことが大好きだから。
あんずさんとは、ゲームに触れるときの『あたし』のことだ。ユーザーではないあたし、物語の舞台に立つあたし。私はアイドルを愛していて、そのキラキラした輝きをもっともっと世界に届けたいと努力する、女の子。

『プロデューサー』は、ファンのひとに見せないような、舞台の外のアイドルの顔を知っている。ユーザーは、公開されたすべての情報を知っている。プロデューサーの私が知らないことも、ユーザーのあたしは知っている。ぜんぶ見たから。

閑話休題、葵ゆうたくんの話に戻る。
彼は髪を伸ばした。その理由はゆうたと、兄のひなたと、ゆうたが巻き込んだ忍くんしか知らない。それは大人への復讐の毒林檎だった。
その毒の果実が、美しい花を咲かせることに気づいたのは、私じゃなかった。

ボルケーノアイランドの『プロデューサー』。彼は葵ゆうたの伸びた髪ごと毒林檎を喰らって、そういう方向もありだね、とそのままの彼の背中を押した。かつて見つけてもらいたいと願って足掻いた少年だった大人が、自分への嫌悪感で潰れそうだったゆうたに、そこで泥に飲まれて動けなくなる必要はないよね、と一歩立ち位置をずらすことを是としてくれた。ゆうたくんをプロデュースしてくれた。私はその話を知らない。最後に彼を、彼ら『2wink』をプロデュースしたのはいつだっただろう。
ショコラフェスかな。

ゆうたくんは長い髪も甘ったるいパステルピンクの衣装もよく似合ってた。でもゆうたくんが本番までにどんな風にレッスンしていたかを私は知らない。ひなたくんのも、そう。

私はゆうたくんのことなんにも知らない。伸びた髪の理由も、どうしてひなたくんとそっくり同じ双子路線をやめたのかも。だって2winkは、仲良し双子兄弟のアイドルだって。私が知らないんだからきっと、夢ノ咲の誰もゆうたくんの髪の伸びた理由を知らない。なんなら、ボルケーノアイランドにはじめて出演した時にふたりが仕掛けた悪戯だって、知らない。噂くらい。
アトランティスで、あの強くて気高くて美しい姫宮桃李さまの学院内での印象を知った。昔のままだった。ならきっと、ゆうたくんは今でもお月さまだ。誰も何も知らない。ゆうたくんが言わない限り、『プロデューサー』の私すら。

あたしは今のゆうたくんの髪型が好きだ。似合ってるし、その髪を長くするまでに毎日、葵ひなたからずれていく鏡の中のゆうたを見つめ続けていた、葵ゆうたの激情が好きだ。私もそうであったらいいなと思う。
私がプロデュースするアイドルはとっても素敵なんですよって。『2wink』は最高のアイドルですよって。その背中に追いつきたいと思っている。