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ひとつだけ交換してくれれば十分だから(別居嫁介護日誌 #52)

義父母の納得のもと、デイの回数を週2回に増やせるのか。冬場に向けて床暖房はうまく使えるようになるのか。きょうだい間の不穏なやりとりはうまいこと着地するのか……。熱中症の恐怖におびえた夏がようやく終わったと思ったら、秋になったらなったで、問題は山積みである。

義父とやりとりしてくれたケアマネジャーさんの話によると、義父が気にしているのはとにかく、「週1回から週2回に増えると、予定がわからなくなって混乱してしまうから」ということらしい。たしかに、それは十分ありうることで鋭い…! と思いながら、週間スケジュール表をエクセルで作る。

A3サイズで、使用するフォントもババーンと最大限大きくし、訪問介護(ホームヘルプ)や訪問看護、デイケアの時間帯を曜日ごとに記入した。とにもかくにも、見やすくわかりやすいことを最優先。事務所の複合機でえいやっとカラー出力し、予備のものもあわせて、ケアマネさんに郵送した。

「訪問の際、説得材料としてもし、役に立ちそうだったらこのスケジュール表も使ってみてください。でも、使うかどうかは現場判断にお任せします」
「わかりました。もし、おふたりの気持ちがポジティブな方向に変わらなければ、今月は週1回に戻して、11月にまた相談しましょうと、お伝えするつもりです」

あらかじめ、ケアマネさんとはそんなふうに相談していた。訪問予定日として知らされていた日の夕方、早々にケアマネさんから電話があった。

「おふたりとも、週2回のデイ通いをOKしてくださいました。おかあさまも『なんか不安だったのよ』と笑っていらっしゃいました。真奈美さんがつくってくださったスケジュール表、すごくよかったです。おふたりもすごく喜んでいらして、一緒にリビングに貼ってきました」

よっしゃ! ガッツポーズである。いい仕事をした。今夜はビールがうまいぞ! と思っていたら、携帯電話が鳴っている。ディスプレイに示されたのは……夫の実家の電話番号である。マジか。「再キャンセルは受け付けておりません……」と心の中で唱えながら、電話に出ると、義父だった。

「家内が『玄関のカギを交換したい』と言うんです」
ほう。たしか、デイ通いを始めるときに、玄関のカギを交換したような……。それはそれとして、またカギを交換したい、と。

義父に代わって、義母が電話口に現れ、「誰かがうちのカギをコピーして持って行ったみたいなの」と訴える。たしかに息子さん、つまりわたしの夫が合いカギを作っておりますね。おかあさん、正解! まいったなあと思いながら、適当にあいづちを打っていると、なぜかここで、義母が妥協案を出してくる。
「真奈美さん、あのね、3つ全部を替えなくてもいいの。ひとつだけ交換してくれれば十分だから!」

そう、夫の実家の玄関には3つもカギがついているのである。いつ頃から鍵が増えたのか、わたしもいまいち把握できていなかった。あとから義姉に聞いた話によると、「以前は2つだったけれど、最近になって3つに増えた」のだという。

義母のカギ交換へのこだわりは、ものとられ妄想の延長線上にある。知らないうちに誰かが大切なものを盗んでいく。気を付けていても、ものがなくなってしまう。きっと、うちの合鍵を持っているに違いない。だから、カギをきちんと交換し、ものを盗んでいけないようにしたい。その発想は限りなく正しい。

でも、問題はカギを交換したとしても、その後もきっと、ものはなくなり続けるということだ。どう考えても、いたちごっこになっちゃうよな……と気乗りしないまま、ケアマネさんに相談すると、こんなアドバイスが返ってきた。

「カギ交換は決して安くはない費用がかかってしまうので、そこを許容できれば……という話になってしまいますが、ひとまず、『カギを交換しないとデイに行けない』というお気持ちを解決することを優先してみるのはどうでしょうか。

しばらくたったら、また『カギを交換したい』とおっしゃるかもしれませんが、いったんは気が済んで気持ちが落ち着く可能性もあるかと」

なるほど! カギ交換を業者に頼むと、それなりに費用がかかる。ただ、義母がせっかく「全部を交換する必要はない」と言ってくれていることだし、とりあえず、1つ交換してみて様子を見る手もある。こちらで業者を手配すれば、知らないうちに、謎のカギ交換が行われ、カギ本体も合鍵も行方不明……という事態は避けられる。万が一、すぐなくしちゃったとしても、少なくとも合鍵の手配はできる。

そうだ、わたしが手配しよう! その日は月曜日で、次のデイは水曜日。つまり、できることなら翌日の火曜日にカギ交換してもらうのがベスト。そうすれば、理屈上は水曜日にはつつがなく、デイに行けるはずなんである。すぐさま検索を開始し、めぼしい業者をリストアップし、問い合わせ……1時間後には手配が完了した。

夫の実家に報告の電話をいれると、義母が出た。「あなたってホント、仕事が早いわね。いったい、どうなっちゃっているのかしら」と電話の向こうで笑っている。

なぜ、わたしがこんなに迅速に対応するのか? それはおかあさん、あなたがデイを休む口実をなくすためですよ~~!! と、そんな本音はもちろん、おくびにも出さず、電話を切る。さあ、どうだ。これでいよいよ、週2回デイ通い体制の実現なるか。闘いの行方は相変わらずよくわからない。俺たちの明日はどっちだ!? なのである。

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