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最近、楽しいことはなんですか?(別居嫁介護日誌 #55)

「おふたりとも、機嫌良くデイにお出かけになりました」

ヘルパーさんからそう連絡が入ったときは心底ホッとした。前日、鍵交換の業者さんがやってきたときは寝込んでいた義父も、翌朝には元気を取り戻していたようで、しっかり朝食もとり、送迎ワゴンに乗り込んだという話だった。

懸念していた「鍵の紛失」も、なんとか回避できたらしい。

鍵交換時に作成してもらった合鍵が、そのまま想定通りの引き出しにしまわれているかどうかはわからないが、「鍵が1本もないので、外出できません!」には至っていない。

できるだけ早めに行って、合鍵を作ろうかな。いや、でも立て込んでるし……。誰からも頼まれていないのに、油断すると、せっかちの虫が騒ぎ出す。いやいや、そこまでの緊急事態じゃないから。サイアク、1本あれば合鍵を作ればいいから、すぐ駆けつけなくても大丈夫。来週にはもの忘れ外来の受診付き添いもあるし。

油断するとすぐに仕事をふやしたがる自分に盛大にツッコミを入れながら、やり過ごすこと約1週間。受診付き添いの日がやってきた。

もの忘れ外来の診察室には、義父と義母、私と夫の4人で入る。ただ、話をするのは義父と義母自身で、私と夫はその様子を少し下がった場所から見守るというスタイルだ。

「ご家族からも何かありますか?」と医師から聞かれるまでは途中で口をはさんだり、代わりに説明したりといったことはほぼしない。できる限り、ご本人たちの好きなように医師とやりとりしてもらうようにしていた。

診察のとき、毎回決まって聞かれる質問がある。
「体調はどうですか」
「最近、楽しいことはなんですか?」
「最近、困っていることはなんですか?」

毎回、ふたりの答えは少しずつ変わる。

たいてい義父は医師の前では元気いっぱいで、ハキハキと答えることが多いのだが、この日はいつもにもましてキッパリと「体調は問題ありません!」と答えていた。

さらに驚いたのは「楽しいこと」として、義父が真っ先に上げたのが「デイ通い」だったことである。

囲碁を打つ仲間がいて、ちょうど力も互角。「勝ったり負けたりの好勝負を楽しんでいる」のだという。

「最近、デイの回数を週1回から週2回に増やそうという話がありまして、どうも家内はいやがっているようなんですが、僕は増やしてもかまわないと思っています。

実は碁敵からも『週1回じゃ少なすぎてリハビリにならない。もっと週2回とか週3回に増やしたほうがいい』とハッパをかけられておるんです。ハッハッハ」

義父は「それはいいことですね」と医師に褒められ、ますますご機嫌である。

「あら、あなた、そんな風に考えてらしたの?」と、義母がうらめしそうな顔で言っても知らんぷり。義母は「朝から晩まで、ずっと動かずに囲碁をしていたら、かえって健康に良くないんじゃないかしら!?」と追撃するも、医師に「頭の体操になって、もの忘れ防止にもいいですよ」と言われ、あえなく撃沈。

「先生がそうおっしゃるなら、そうなんでしょうけど……」と、ムッとしている。

ただ、面白いのが、義母もそのあと、同じように「楽しいこと」「困っていること」を質問されたのだけれど、「デイ通いに行きたくない」「回数を増やされそうで困る」という話にはならないのだ。

楽しいことといえば、「庭に小さな白い花が咲きましてね……」と夢見がちに語り、「雨の音を聞いていると気持ちが落ち着く」と答え、「詩人ですね」と医師に言われて、うれしそう。

困っていることについては「とくにありません」と言いつつも、「しいていえば、この人(義父)が1日中寝ていることでしょうか……」とチクリ。今度は義父が聞こえないふりをする番である。

「1日中寝ているのはよくありませんね。昼間はしっかり活動しないと。その意味でも、デイの回数をふやしたのはよかったですね。また、来月も元気でお顔を見せて下さい」

そう医師が締めくくって、この日の診察は終了。デイに行かずに自宅で好き勝手に過ごしたい義母が、どこまで納得してくれたかは未知数だが、とりあえずデイ通いの回数は増やす方向で着地しそう。やったー!


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