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ああ、そのカギのことだったの(別居嫁介護日誌 #56)

もの忘れ外来の定期受診は毎月1回ぺース。夫婦そろっての受診で、診察時間は約30分前後。混んでいる日は1時間以上、待つこともあるけれど、じっくり話を聞いてもらえる安心感がある。

クリニックまでの移動手段は毎回タクシー。夫の実家の最寄り駅でタクシーを拾い、実家に寄って義父母をピックアップする。タクシーの中から「今、駅から向かっているよ」と、夫に電話をかけてもらう。

以前は駅の改札あたりで電話をかけていたけれど、それだと少し早すぎるようで、実家に着くと玄関で義父が仁王立ちしていたことが何度か。かといって、電話をかけずに迎えに行くと、まったく出かける気配のない義母が登場。「だから、今日は出かける日だと言っただろう」「あらそうなの?」なんて、義父と義母の小競り合いが始まり、タクシーの運転手さんを長々と待たせてしまったこともある。

さらに、この電話を私ではなく、夫がかけるのにも理由がある。

たいてい電話をとるのは義父なのだけれど、相手が私だとわかると「家内に代わりますね」と、止める間もなく、義母にバトンタッチ。そして義母は話が長い。おしゃべりしたくてうずうずしているものだから、こちらの話など聞いちゃいない。

「あら~、真奈美さん。お元気? 家に来てくださるの? ありがたいわ。ところで、今日は何かあったの?」なんて話に付き合っているうちに、実家に着いてしまう。もちろん、義母の外出の支度はできていない。一方、義父と夫のやりとりはシンプル。用件のみ伝えてバシッと終わる。どう考えても、アンタが適任や!

そんな紆余曲折を経て、生まれたのが車内からの「“今行くよ”コール」なのである。

そして、もの忘れ外来受診が終わり、薬を受け取ると、受付でタクシーを呼んでもらう。帰路はまっすぐ夫の実家には帰らず、スーパーで昼食用のお弁当やお惣菜を買ったり、駅前にあるレストランに寄り道したり。

私  「今日のお昼ごはんは何にしましょうか? おかあさん、何が食べたいですか」
義母 「そうねえ。おとうさま、何を召し上がりますか」
義父 「そうさなあ。今日の気分は寿司かな」
私 「いいですね! そうしましょう」

義父の答えはそのときどきで違うけれど、たいていは寿司か、うなぎ、しゃぶしゃぶのことが多かった。心底ありがたいことに、「たまには真奈美さんの手料理を……」と言われたことは一度もない。

昼食を済ませた後は、お茶のペットボトルやトイレットペーパーの補充など、こまごまとした雑務をやっつける。この日の最大のミッションは「新しくつくった合鍵を回収すること」だった。

果たして、義母は合鍵をなくさずキープしていてくれているのか?

夫の実家に着く頃には、義父は満腹になったせいか、すでに眠そう。椅子に座って、うとうとしている。一方、義母は元気いっぱいに部屋の中を動き回っている。お茶を淹れようとしたり、お菓子をごそごそ探したり。寝ぼけ眼の義父に向かって、「クッキー召し上がりますか?」と繰り返し聞いては断られ、不満そう。いやいや、おかあさん、さっきお昼ごはん食べたばかりですから!

義母の「おやつですよ」攻撃が一段落したところで、合い鍵について聞いてみる。

「おかあさん、そういえば、この間交換したカギですけど」
「あなた、すごく良い方だったわよ。あの方、どうやって探してくださったの?」
「気に入ってくださったならよかったです。合い鍵をいくつか作ってくださっていたかと思うんですが……」
「合鍵ってなんだったかしら?」

出たー!

「合鍵っていうのは、同じ鍵をいくつか作ることで……。この間はおかあさん、『いつもの引き出しにしまっておくわー』っておっしゃっていたので、中を確認してもいいですか?」
「どんどん確認しちゃってちょうだい。あら、私、そんなこと言ってたの」
「おっしゃってましたねー。では、失礼しまーす」

話をしながら、心当たりの引き出しを開ける。ない! もうひとつ、しまわれている可能性がありそうだった引き出しにも……ない! あとはあるとすれば……。

「お父さんすみません。引き出しのカギをお借りしていいですか」
「はい、どうぞ」
じっと目をつぶっていた義父におそるおそる声をかけると、パッと目を開け、カギを渡してくれた。おとうさん、起きてた!?

果たしてその鍵付き引き出しの中に合い鍵は……あった!!!! 肩の力が抜ける。セーフ! 念のため、玄関に行って、鍵穴に差し込んでみる。大丈夫。この鍵で正解!

「ああ、そのカギのことだったの。電話で話した後にね、『やっぱり大事なものだから、きちんとしまっておこう』って相談して、そこにしまったの」
義母がすました顔で言う。

「できれば、そのうちのカギの一本を、真奈美さんにあずかってほしいの」
お安い御用である。むしろ、合鍵を渡すのはちょっと……といわれると、今後のカギの運用がしづらくなるのでありがたい。しかし、話はまだ終わらない。

「たしか、うちには達也とB子(義姉の名前)、あと2人ぐらい子どもがいたと思うんだけど、わからなくなっちゃったの。あなた、知っている?」

思いもよらない珍問難問タイムが始まってしまったのである。


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