なぜ自社が順調なのに、HackCampの社員になったのか?

「倒産したら、また会社員になろう」

会社を立ち上げた4年半前、29歳の私は決めていた。「うまくいかなかったら、また会社員に戻ろう」と。

自分が経営者として会社を黒字にできる自信もなかったから、数年やってうまくいかなかったら、社長の肩書もプライドも捨ててもう一度会社員になろう。失敗したって、まだ30代前半だ。仕事を選ばなければなんだってできる。

そう思うことで、起業というチャレンジのスタートが切れた。

だから、まさか「うまくいっているから、また会社員に戻ろう」
そう思う日がくるなんて1ミリも想像していなかった。

**一人でやるにはリソースが足りない。しかし、一人の自由は失いたくない。**

小さいながら、4年間で会社は右肩上がりに成長していった。
特に新規に立ち上げたシェアサテライトオフィスTristはたった2年で2拠点目を持つことになり、安定したビジネスモデルを作り出すことに成功した。
メディアや視察の問い合わせもたくさんあった。

しかし、新規事業が拡大成長できるフェーズに来ても、私は会社を大きくすることにワクワクしなかった。

一人でいることで自分の新規事業の想像力を守っている気でいた。
「社員のため稼がなければ」ではなく、常に自分のために面白いことを考えたかった。

精神的な自由と引き換えだったのは、リソース不足による不自由だった。
自分がやってみたい新しいことも人がいないとできないし、お金がないとできない。そもそも、これだけの人材不足の中でリスク覚悟で事業開発を一緒にやってくれる人を見つけられる自信もないし、時間もないし、お金もない。
自由と不自由の間で私は1年間ずっと揺れ動いていた。

**プロフェッショナルを採用するのではなく、プロフェッショナルの集団に採用されるという方法**

ゆらゆらゆらゆら揺れていた時、サテライトオフィスTristの入居企業だったHackCampの副社長である矢吹さんと出会った。業務提携の話をしていた時、「この人の事業化、パッケージ化の能力がほしい」と思い、「Tristを展開していくためにパッケージ化したい。メンターになってもらえないだろうか」と依頼した。

快諾をしてくださり、11月8日に初めてのメンターセッションをスケジュール帳に入れた。

結論から言うとメンターセッションは一度も実施されなかった。
その日より前に私がジョインすることが決まったからだ。

11月3日。出張のために私は飛行機に乗っていた。一週間後のセッションに向けて、事前共有のためメッセンジャーで矢吹さんとやり取りをしていた。

飛行機が離陸する直前
「それなら一緒にやらない?尾崎さんが暴れられる環境をつくる」と矢吹さんからコメントが来た。
「んんんんん???どういうこと???」とプチパニックになり「どういう意味ですか?」と送信したところでエンジン音とともに、電波が途切れた。

「社員であり、社長である」という働き方は私の選択肢になかった。
他社で社員として働くことが自社の成果にもなり、社長として働くことが社員として結果をだすことにもつながるという、ウルトラC的な着地ができるなんて、想像をはるかに超えていた。

自社を拡大せず、HackCampの社員になることで、超プロフェッショナル集団のリソースを活用できる環境を得た。

**孤軍奮闘からの解放。重い鎧を外したせいか、決まった日はフワフワして1㎝くらい浮いていた。

-----

私には仲間がいる。会社は一人だったが決して孤独ではなかった。地域のコミュニティを作り、そのメンバーたちとTristを成長させていた。
しかし、経営や事業開発という部分においては常に不安だった。
経営素人で、そもそも経営に興味のない私が一人で重要な決断するのは怖かった。
さらに、客観的にみることができないため、どの程度の価値が自社にあるのかもわからず、商品サービス化はいつも中途半端に終わった。

これからは経営や事業について相談でき、一緒に考えてくれる仲間がいる。がちがちに鎧を着て「騙されないように。バカにされないように。」と見えもしない敵と戦ってきた私にとっては本当に嬉しいことだった。

少し腰を下ろして、今までつけていた鎧を外すとあまりに軽くなりすぎて「浮いているのではないか」と思うほどだった。

一人でいることで自由を守ってきた私は、こんなにも不自由だったのか。

**未来から考える決断は覚悟をする必要がないほど自然で、かつ面白い**

今回の決断はあまりに自然だった。「ちょっと考えさせてください」という時間は必要なかった。今まで歩いていた道の延長線上にあるので、歩みを止めることもなく、決まると同時に私は1歩をいつものペースで踏み出していた。

振り返ると就職をする時も、転職をする時も、起業する時も、新規事業を始める時も自然だった。

私は自分の「こうなりたい」が非常に強い。
幼稚園の時から目を閉じて「自分のなりたい姿」を想像し、毎日の遊びを決めていた。

目指すべき星がクリアに輝き続けているので、シンプルにそこを目指せばよい。足元を見て道を選ばなくても、星だけ見て歩くと、いつの間にか道ができている。だから、立ち止まる必要なく、ペースを崩さなくてすむ。

さすがに足元がイバラだらけだと「痛いなー」と立ち止まる。しかし、この誰も入らないだろうイバラ畑にはじめて道を作るのが自分だなんて面白いじゃないか、とワクワクする。

HackCampでの道は未知だ。どうやってあの星にたどりつくか想像ができないが、とりあえず、鎧もとれたし、全速力でぶっ飛ばしていく。

——————-
私が編集長を務めるBackcasting.labはこちらから

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

43

Backcasting LAB編集長「未来メガネ」

未来の「ありたい姿」を起点に、今を振り返る。Backcasting LABの編集長として、少し先の未来をワクワクしながら書いていきたいと思います。
1つのマガジンに含まれています

コメント1件

とても良い記事だと思いました!私はこれから飲食店で独立を考えているものですが、尾崎さんのnoteを読んで、選択肢は自分の考えている幅を超えると感じました。
一社員として働く窮屈さを感じていましたが、“社員であり社長である”という選択肢も、自己の努力で得られるのですね。
勉強になりました!フォローさせていただきます!
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。