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バーチャフリーク、ミソパーティで垣間見たVTuberの多様性と先鋭、そして広がり

7/20に行われたバーチャフリーク@ageha、そして7/21のミソパーティーに連日参加してきた。

節々の痛みと喉が終わってしまったがとても楽しいVの夏だった。

今回はそれらのイベントの楽しさや感想を書き起こすのではなく1歩引いた視点から見て感じたことなどを書いていこうと思う。

バーチャフリーク

今回で通算4回目となるバーチャフリークは今までの会場であった秋葉原エンタスから飛び出して、東京は新木場の日本最大級のクラブagehaで行われた。

agehaはいくつかの会場で構成されており、今回のバーチャフリークはBOXで開催された(ちなみにメインのアリーナでは中田ヤスタカのCAPSULEが出演しており、キズナアイのAIAIAIもがっつり流されたようだ)。

実は僕はクラブイベントにほとんど行ったことがなくて、エンタスでのバーチャフリークを含めて今回でクラブイベントはまだ2回目、日本で最大級のクラブということもあってか内心戦々恐々としていた。

今回は23時オープンのオールナイトイベントとなっていて、会場スタッフのタトゥーとガタイの良さにビビりながら同じVTuberのオタク仲間達と入場し、会場の圧倒的クラブ感に辟易としながらBOXがオープンするのをステレオタイプなクラブギャルに団扇で煽られつつ待機する。

日付が変わったころ、BOXがオープンしてバーチャフリークが始まった。

バーチャフリークの内容は前述のとおり割愛しようと思う(気になる人はtwitterで動画を漁ると楽しいよ)。僕がこのagehaで朝5時まで参加して思ったことは、今この空間にはVTuberによって引き起こされた様々な多様性があるのではないだろうか、ということだ。

まず、観客に多様性がある。今回agehaで行われたこともあってかVTuberを知らない人や外国人が多く会場には集まっていて、バーチャフリーク開催中のBOXの盛り上がりを見て会場を覗いたり、写真を撮っていたり、おそらく流されている曲やVTuberを知らないであろう人達が最前列で感性に任せて踊るという風景が多く見られた。

またバーチャフリークに参加しにきたVのオタクたちにも様々な多様性が見て取れた。
出身界隈やどのような文脈で参加したかが多種多様で、オーディエンスのコールの仕方にもアイドル文化クラブ文化などが混じっていて、中にはモッシュをし始める人もいた。

ほかに演者の多様性があったように思う。VTuberのクラブイベントといってもスクリーンに映し出されたVTuberとしての存在感を放つ人もいれば、スクリーンを乗り越えリアルな人間として顕現する人もいる。なんならVTuberじゃない人もDJとして観客を沸かすし、どのような表現形態が正解、というものはそこに存在しなくて、あるのはVTuberを愛する人々の熱量だけ、という感覚をもった。

以上が今回のバーチャフリークで感じた「多様性」の部分になる。

バーチャフリーク、とても素晴らしいイベントでした。次はアリーナで踊ろう。

ミソパーティー

こちらは東名阪で行われたミソシタのセカンドアルバムツアーの最終日、東京は渋谷のライブハウスWWWで行われた。

ミソパーティも参加するのは2回目で、今回が多くのゲストが参加するということでとても楽しみにしていた。

会場前に並ぶ女性客の意外な多さにミソシタのカリスマ性を感じながらも入場して、文字通り「地下二階」に向かう。


会場がオープンしスタートを待っているといきなりミソシタが喋りだして、としくにとの突発ラジオ?が始まった。しばらくすると山田ケルベロスがブリーフ一丁にリュックを背負って登場、ミソパーティが始まった。

ミソパーティの「先鋭」を感じてもらうために今回は少し内容も説明しようと思う。

今回のライブでは曲と曲の合間に様々な企画が仕込まれていた。

曲を歌い圧倒してきたかと思えば地下二階部からの質問映像にふざけて回答する。腹の突き出たブリーフ一枚のおっさんがたちがわんぱく相撲をしたかと思えばまた曲でぶち上げ世界観で揺らしてくる。

自意識ライジング選手権で古のアンダーグラウンドな雰囲気を醸し出し、ナチュラルに観客の悩み相談をうけ、ゲストの生音演奏で殴ってくる、そんなライブだった。


最後に個人的アンセムのコールドナイトメアが始まった。ゲストのarai tasukuがヌッとでてきてブリーフのおっさん2人を踏みつけ、バナナを食し、ブリーフのおっさんにバナナを吐き掛ける。

最終盤、ループする旋律をバックにarai tasukuがドラムを打ち鳴らす。

響くドラムと繰り返されるコールドナイトメアの旋律、言葉を吐き続けるミソシタ

やがて誰もいなくなり、スクリーンに映るミソシタとループする旋律が会場を埋め尽くした。やがてスタッフが1人出てきて、再生機器の電源ボタンをカチッと押して、会場はしばらくの間になった。

~~~そしてそのポエムパートの世界観の指標となる三大要素がポエムコアには存在する
それが以下だ。
「ナイフのような自意識」
「スケベ心」
「闇」              
           


ミソシタポエムコアという「先鋭」で僕たちの既存の価値観や定型というものを当たり前のように揺らがせてくる。本当に最底辺にして最先端のライブだった。

広がり続けるバーチャルという文化

今回2つの毛色のまったく違うイベントに参加して、VTuberの多様性先鋭を強く感じた。そして今もなおその多様性先鋭をもってしてバーチャルという概念が外の世界に向かってどんどんと広く深く伝播し続けているように思う。


VTuberをブームから文化へ、とどこかの企業が言っていたけれど、僕がこれらのイベントで肌で感じた感覚はもう既に一過性のブームなどではなくて、確立された文化だと言っているような気がする。

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