お気に入りと女王様

 勤務先にはお局様がいる。私は特に歯向かった訳じゃないのだが、ごまをすったりはしない上にくそ生意気な性格なので支店内では火花を散らしていると言われていて、こちらも否定はしていない。
 支店内にはもう一人女性がいるが、彼女はお局様の腰巾着で、私も彼女も加入(?)している非公式な同年代LINEグループでの出来事等をお局様にチクったりしている。楽しい事に私が以前担当だった仕事を彼女が引き継いだこともあり、男性陣は情報の衰勢は決したと見たらしく、あからさまに私とお局と腰巾着への態度を変えている。
 そんな中、腰巾着の遅刻が増えている。というか、ほとんど就業開始時刻に出勤してない。しかし、遅刻は全くカウントされていない。タイムカードは一見すると普通だが、帰社時刻は毎日打刻されているのに出社時刻はほぼ毎日打刻されずに手書きである。遅刻については就業規則で罰則が規定されているのに皆が彼女の遅刻を知りながら、誰も注意もしない。彼女がどれ程有能なのかは知らないが、遅刻が特に親の介護とか病気とかの理由も公にされない中で何ヵ月も見過ごされるのは異常な気がする。支店最大の権力者のお局様のお気に入り故の忖度なのか、と疑ってしまう。私は就業開始時刻10分前に出社しただけで遅刻扱いされるのだから不平等感この上ない。
 じゃあ、お前もゴマをすれば、と家族に言われたのだが、私はポリシーとしてゴマをすらないことにしている。そう返したら、多分腰巾着はその支店での生き残りを最優先していてポリシーもへったくれもないのではないか?と返ってきた。その返答で私は先月みた『女王陛下のお気に入り』を思い出していた。

 『女王陛下のお気に入り』はジェントリ階級の生まれだったが父親の賭けの借金のせいで落ちぶれたアビゲイルが従姉のサラを頼ってアン女王の宮殿に出仕し、サラと女王の寵を争い、見事サラを追いやり女王陛下のお気に入りとなるまでを描く映画である。
 この映画で面白いのは主人たるサラを裏切らないと言っていたアビゲイルがサラを裏切りのしあがっていくこと、女王陛下とサラとアビゲイル以外の主要な女官が出てこないことだ。本来なら宮殿なのだからそれなりの数の幹部女官がいなければおかしいのに。あくまでも女王陛下とそのお気に入りの座を争う女官にフォーカスした、ということだろう。それは分かるが何となくパズルのピースが足りないような、釈然としない気分で映画館を後にした。
 
 私はこの後で知ったのだが、この元ネタは史実である。そう知ったとき、ある考えが私にひらめいた。

絶対に、もう一人側近がいる!

Wikipediaを調べてみた私は割りとあっさりその側近の存在を知ることができた。エリザベス・シーモアという女性である。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%82%A2_(%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88%E5%85%AC%E7%88%B5%E5%A4%AB%E4%BA%BA)

1702年にウィリアム3世が死去してアンが女王になると女官に取り立てられた。

1711年にサラに代わり衣服係女官に任命され、サラの従妹アビゲイル・メイシャムと共にアンの側近として重用された。一方、夫は閣僚から追放され野党に転落したが、エリザベス自身はアンの下に留まり、1714年にアンが亡くなると衣服係女官を辞任、1722年に55歳で死去。

(Wikipedia)

女王陛下の即位から死去まで側に仕えていた訳で、これを側近と呼ばずに何と呼ぶのだろう。また、こんな記述もある。

エリザベス自身は温和でアンとは政治的な配慮がない個人的な信頼関係に終始していたため、死の直前までアンから信用されていた。 (Wikipedia)

映画中にもあったがサラもアビゲイルも政治権力と結び付いている。エリザベスはそういう勢力とは無縁で仕えたということのようだ。

 考えてみれば当たり前である。寵を得ようとする人間は同じ目的の他人を陥れたりするために真実を話さない可能性もある。また、権力には人を寄せる魅力があるが、寝首をかかれたら元も子もない。このため、寵を争うとかその為に政治的な配慮をするような人間とは全く逆の人間も側に置き、お気に入りの重しなり情報の窓口とするなりしておかないと危なくてしょうがないのである。現に、映画中でそういう人間を置かなかったサラはアビゲイルに寝首をかかれている。
 また、最後にアビゲイルが女王に奏上した嘘を名目として女王はサラを追放している。理由は横領だったが、横領のような不正に対しては例え宮殿を贈る相手であっても切る訳で、そういう線引きが存在しているのは興味深い。
 こういう捕捉情報でパズルのピースは全てはまった気がした。つまり、映画に十分描かれていなかったが、女王陛下はそれなりに自分で情報を集めて自分で判断が出来る人であり、法をお気に入りの為に歪めるようなことをしない程度の分別はある女性だったのである。
 ネットで見かけた批評にはこの映画は女性蔑視だというものもあったが、この第三の側近の不在によるところが大きいのではなかろうか、と思う。女王陛下が自ら判断出来ないからお気に入りが跋扈しているかのような描き方は確かに女性社会を一段低くみているよあな気にもなるのはわかる気がする。

 さて。先に書いたように在籍している支店では女王のように権力を持つお局とそのお気に入りたる腰巾着がいる。この女王様と女王陛下の違いは女王様自体が雇われている身分であること、そして、女王陛下はつけられたけじめを女王様はつけずに見逃していることである。蟻の一穴が堤を壊す危険性も、お気に入りが寝首をかく可能性もある。お気に入りもいつ何時切り捨てられるかもわからない。二人共が雇われであるから、二人共上から切られる可能性もあるのである。けじめをつけられなくなった権力はそうそう強いものではない。結末はどうなるのか知らないが、高みの見物を決め込もうと思う。

 

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