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結婚式

その日は結婚式だった。

教会に集まった数十人が歩いてくるオレ達を見ている。
ああ、ようやく彼女と結婚するんだという実感が湧く。
ちなみに神を信じていなくても、結婚式を教会で挙げることができる。
昔からそういうしきたりらしい。このあたりの知識は詳しくないから何とも言えないが。
想えばここまでの道のりは長く険しかった。彼女だって色々苦労してきたんだ。
それに比べればオレは大したことはしてない。ただ彼女を支えてきただけだ。父さんが母さんにしてきたように…真似事かもしれないが、自然とそうしていた。
何一つ不満も心配もない。ただ――あるとするならば、呼ばれているはずのダニエル先輩が来ない事だ。
まさか女装で来るとか言うんじゃないだろうな?
結婚式で女装で来るヤツなんて聞いたこと無いぞ…!?

……っと、神父の声が聞こえてきた。何を考えているんだオレは。先輩は喫茶店の店主だ。一人で忙しいに違いない。
神父が高級そうな二つ折りの紙を持ち、読み上げて行く。
ああ、そうだ。ここで誓えばオレたちは結ばれる。
名前を呼ばれて神父を見た。そして隣を見る。
――とても、綺麗だ。そして優しいほほえみ。こんな女性、他にはきっといない。慎ましい感じで、第一グイグイ行かない。そう『あの人』みたいにグイグイ行かないんだ。

と思ったらいきなり重いドアが力任せに開けた音がする。
そこには隣の彼女とほぼ同じような姿――即ちウェディングドレスを着たダニエル先輩の姿があった。
一体どこから買ってきて、どうやって来たんだろうか。

「テオドシオ!何をしているんですか!帰りますよ!?」
「帰らないって!今式の最中ですよ!?」
「そんなの知りませんよ!良いから帰るんです!テオドシオはこの俺と結婚するんですよ!!!」
先輩がそう叫ぶと周りがざわつく。結婚式を挙げている最中に叫ぶ言葉じゃないのは明確だ。そもそも叫ぶのはおかしいけれど。
彼女は唐突なことに狼狽えていて、目には涙を溜めているのも見えた。
ああ、どうしよう。オレのせいでこんな悲劇を起こしてしまったのか?
いやそもそも先輩のせいで――と思いきや
その先輩がオレの手を引っ張って式場から出てしまった。
止める人間は誰もいない。
スピードがあるせいか、狼狽えて止める人が居ないからなのか。そんなことはもう分からず、離れる悲しい花嫁に何と顔をしていいのかわからなかった。
先輩はただ走るばかりでただ陽のある方向へと突き進むだけだった――。
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「というシンデレラストーリーなんだけどどうかしら?」
「どう見たってオレから花嫁奪ってるし、シンデレラストーリーじゃないだろ!」
ここは休日のダニエルの喫茶店。ベルーチェがダニエルとテオに新刊のネタを披露していた。
「いや~相変わらずベルのネタはすさまじいですね。俺だったなら多分やりませんよー」
「いや先輩、すっごくやりそうなんですが。『女装のプロ』って自称してるし、ウェディングドレスとか作って着て来そう」
「でしょ!?結婚するテオに突然の妨害!それが俺が花嫁です!なダニエル先輩よ!」
「面白そうですね。でも実際となれば参列しないということになるので、難しいですが…」
「やる気はあるのかよ!本当にしないでくださいね…?」
「頑張ってみますよ。ふふ、本当にそうなると良いですね?」
そのダニエルのにやついた笑みにテオはぞくっとした。
対してベルーチェはとても微笑ましい顔をしていたという。

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