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ウエストランドがM-1で優勝する世界線

爆笑問題が好きでタイタン推しで、ウエストランドのことももちろん応援していたけれど、まさかM-1で優勝するとは思わなかった。

ネタ順でタイタン2組が残ってしまった時点でもう難しいかなと思ったし、キュウのらしさ全開のネタも苦戦していたし、ウエストランドは最後になった時点で流れ的にほぼほぼ無理だろうと思っていた。

ところが、最後だからこその「やるしかない!」という感じの勢いと気迫をまとったウエストランドは、時代に逆行するようでいて時代を掴んだ毒舌漫才をぶちかまし、気づいたら涙が出るくらい笑わされていた。笑えば笑うほど共犯者になる背徳感と爽快感があった。

決勝3組は本当にどのコンビが優勝してもおかしくないと思っていた中で、まさかウエストランドが優勝するなんて。「ウエストランドがM-1で優勝する最高にヤバい世界線に今いるんだ…!!」と思って熱くなってしまった。

ろくな世界線にいないと思っていた。ここ数年、体調がどうにも良くなくて、いつもダルくて、人生上手くいかなくて、後悔にまみれて、もう頑張れなくて、ほぼほぼ諦めていて、好きなものへの興味も薄れてきて、負の感情が渦巻いていた。

こんな世界どうにでもなれと、時空が歪んでどこか別の世界に行けないかなと、いよいよヤバめの現実逃避をしはじめていた2022年の終わり。ウエストランドのM-1優勝を見て、「このクソみたいな世界も悪くない」と思った。

おじさん芸人の頑張りと活躍に感動した去年の錦鯉の時とはまた違った感動。もがき磨き続けてきたウエストランドのお笑い復讐劇に心を揺さぶられ、思わず泣きそうになった。次の瞬間、誰よりも早くドラマのようなきれいな涙を流した河本さんの姿を見て、「お前が泣くんかい!」と涙が引っ込んで笑ってしまった。

M-1で錦鯉は漫才の最後に「ライフ・イズ・ビューティフル」と言い、優勝した瞬間にコンビで抱き合い、エンディングでは審査員の芸人も涙していた。錦鯉の優勝は感動的で微笑ましかった。ウエストランドの優勝はもっと生々しくてギラギラしていた。

才能溢れる年下の活躍を見るとお手上げ状態でひれ伏すしかなく、努力し続ける年上の活躍を見ると尊敬と憧れでただ見上げてしまう。そんな卑屈の塊のような自分にとって、世代が近いウエストランドの活躍には何か特別なものを感じる。ものすごく応援していたわけでもないくせに、ものすごく熱くさせられるものがある。

初めてウエストランドを見たのは、10年近く前に爆笑問題を観に行ったタイタンライブだった。同じ事務所の若手として出演していたウエストランドは、小柄な男がやたら喋りまくる漫才ですごくぎこちなかった。これがこのコンビの味なのか、あえてこういう漫才をしているのか、単にまだ若手であまり上手くないのか、最初はどう見ていいのかわからなかった。

三四郎の漫才を初めて見た時も似た印象があった。不器用なのか味なのか、どう捉えていいのかわからない。ウエストランドとどこか似ていると思った。仲が良いという2組。三四郎がたちまちテレビで活躍するようになった一方で、ウエストランドはなかなか上手くいかずに苦戦している場面をよく目にした。

その後、井口さんはめちゃくちゃ頑張っていた。河本さんは恐ろしくマイペースだった。ここ数年で井口さんの喋りと立ち振る舞い、そしてウエストランドの漫才は、素人目にもわかるほどめちゃくちゃ上達して進化していた。

とは言え、M-1優勝なんて絶対に無理だと思っていた。それは実力がないからとかいうわけではなく、そういうタイプではないような、そういう運を持っていないような気がして、いつも上手くいかないで愚痴ったり噛みついたりしている姿が似合いすぎていたからだ。

決勝3組に残っただけでも充分すごいと思った。だけど最後にどのコンビが優勝してもおかしくない状況になった時、自分が一番見てみたいと思った世界は、一番面白くなりそうだと思った世界は、「ウエストランドが優勝した世界」だった。

一番見たい世界を見た。まるで夢を見ているようだった。この世界は最低で最高だと思った。この世界でもう少し頑張ってみようと思った。もう少し生きてみようと思った。


……なんて大げさで、痛々しくて、バカみたいに熱い文章を、M-1を見た日の夜に夢中で書いていた。翌日に読み返して恥ずかしくなり、下書きのままになっていた。

ウエストランドも錦鯉も当たり前のようにテレビで見かけるようになり、今はそれほどの熱さを持ってお笑いを見てはいない。
けれど、あの日あの夜に感じたことに嘘はないような気がした。

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