5分小話「午後三時のかたおもい」

「君のそういうところ、わたし好きよ」
しかめ面でディスプレイを睨んでいた目が一瞬上がって、わたしの目を捉える。はいはい、とため息混じりに言って、彼は一口コーヒーを飲み、また難しい顔のまま、意識を目の前の仕事に戻す。平日の雨の午後、穏やかにBGMの流れるカフェの片隅。少し慣れて鈍くなった胸の痛みに、砂糖を入れすぎたコーヒーの甘さが沁みる。
「すき」といっても、いつの間にか彼は、顔を赤らめもしなくなった。最初は、心臓がひとまわりもふたまわりも大きくなったんじゃないかってくらい鼓動を早く煩くして、喉をからからにしながらたった二文字を声に出したのだ。それが今やどうだろう。わたしも躊躇いなく口にして、彼もなんでもないように聞いている。
特別な誰かがいるわけじゃない。
でも、今は君を特別にも思えない。
付き合ってみるなんてことは、僕にはできない。
苦い苦い顔をして、彼はわたしにそう言った。それが、半年前。
「今は」、ということは、そのうち「特別」に昇格できる日が来るかもしれない。わたしはそれから開き直ったように、時々彼を誘っては、蜘蛛の巣みたいに細くて脆い望みが繋がらないかと、その言葉を繰り返している。
頭の奥で響く「馬鹿みたい」という声に、きつく両耳を塞ぎながら。

すきよ、すきよ。
だいすきよ。
こうして呪文のように繰り返していたら、いつかあなたが、魔法にかかってくださらないかしら。
あるいは、穴の開いた袋から中身がみんな溢れ落ちてしまうみたいに、こうして言葉にだしていたら、いつかこの気持ちもすっからかんにならないかしら、なんて。
甘い甘いコーヒー。渋いまんまの片想い。溶けて消えない想いにじりりと灼かれながら、わたしはひとり、植え込みに吸い込まれて行く雨を眺めている。

#超短編小説

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