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入院した日の赤とんぼ

「表情が豊かになりましたね」と主治医が笑った。
「笑うことを思い出したみたい」と私は答えた気がする。
9月29日、昨日のこと。
診察のために通う山道は日に日に彩りを増す、赤とんぼがススキの間を飛び交う。

去年の秋から何となく不調を感じていたけど
働き続けたい気持ちが強かった私は、この不調を無視し続けた。
仕事から帰ると食事も取らず寝て、朝は4時には目が覚める。
しっかり寝てるし、目覚めは良い。昼間に眠気に襲われる事もない。

この不調を認めたら働けなくなる。
自分は元気だと思うことで働く自分を保っていたんだと今は思うが当時は、本気で元気だと思っていた。

食事は2日に1度何か口に出来ればよい。そんな生活が半年は続いていた。
ダイエットだラッキーくらいに思っていた。

でもそんなの長く続かない。
新緑眩しい今年の春
離れて住む家族が飛んで来て、町の病院に運ばれた。

大げさだなーと思いながら、問診票を書いているうちにぼんやりして座っていたベンチから転げ落ちた。
おデコが痛かった。
おデコをぶつけたのは発券機で、私は痛むおデコより発券機が壊れちゃいないか心配だった。

だって私は元気なはずだもん。
病院なんて大げさだなあ~と思ってたけど涙が止まらなかった。

何を話したか全く覚えていないけど
確か「生きていて欲しいから、少しお休みをしませんか?」と主治医から言われた気がする。

え?私元気なんだけど仕事行かなきゃならないんだけど!
生きてるの諦めてもいないけど!って言い返す力もなかった。

なぜなら、看護師の仕事からはしばらく離れていたけど見ればわかるくらい
私の採血結果はひどいもんだったから。

地域の小さな総合病院で入院しているのは高齢の方ばかり。
案内された大部屋には私の祖母くらいの年齢の人が2人いた。
四方をカーテンで囲まれた小さなスペースで私はメソメソ一晩中泣いた。

もう終わりだ。
入院なんてしちゃったら、少しのお休みでなんて済まないよ…
私働きたかったのに、頑張ってたのに。

そんな事ばかり心の中で呟いていた。

翌朝、メソメソ泣きながらカーテンを少しあけると
隣のおばあちゃんと目が合った
小柄で少し円背の、歩く姿が少し危なっかしい元気なおばあちゃんだった。

「アンタはどこが悪いのけ?ワシは足が痛てなー、リハビリしとるんやさ。
どっか痛とないのか?お話しよなー」

ケラケラと笑って挨拶をしてくれた。
私のことは、どうやら随分若く見えてるらしい
まあ、いいや何歳だっていいや。
泣きながらよろしくお願いしますと返事した気がする。

窓の外を見ながらおばあちゃんは独り言のように何かを呟いたあと
歌いだした。
歌の途中で確かめるように
思い出したかのように私に話しかけるので私はカーテンを閉めるタイミングが見つからない。

赤とんぼ。終わらない赤とんぼ。
どんだけおんの赤とんぼ。

涙は気づけば止まっていた。

「おねえちゃん、いまなんじ?」
日が上り明るくなったころおばあちゃんが聞いてきた

朝の5時です

「あれ、朝なのけ、夜じゃないのか。そーかそーな朝なのか。おはようさん」

ケラケラ笑うおばあちゃんにつられて
私は久しぶりに笑った。







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