穴 2

まるで、地表に落ちた太陽の雫のようにもえ咲くアマポーラの群れの中を、老婆は意外としっかりとした足取りで、どんどんと進んでいった。

「おいおい、婆さん!  いったい何処まで俺を連れて行くつもりだい!?」

呆れ顔で、不満を口にしながらもインズは、こうして何時までも、この老婆に手を引かれていたいと思っていた。

何故、そう思うのか自分にもよくわからなかった。ただ、確かにこの老婆の手には自分がとっくの昔に忘れてしまっていた何かを思い出させる温もりがあった。

遠い昔、まだ幼かった自分の手を引いて街へ連れていってくれた優しい母のぬくもりか、それとも...

インズが郷愁に浸っていると、不意に先を行く老婆の足が止まった。すでに小屋からは100ヤード程は離れているだろうか。そこで老婆は振り向くと春風に揺れる綿帽子のような声で

「さあ、着きましたよ、お若いの。さっきの食事の御礼にひとつ、良いことを教えてあげよう。いいかい、今、お前さんが立っているその場所が、神様によってはじめて人間が創られたところなんですよ。」

と言ってインズの足元を指差した。

いきなり、そんなことを言われたインズは、さっきまでの夢心地が急速にさめていってしまうのを感じていた。

なんだ、この婆さん、ただの気狂いだったのか...

そんなインズの落胆を見て取ったのか老婆は幼子に説いて聞かせるようにしてこう言った。

「お前さんが、にわかに、このおばばの言うことを信じられない気持ちは、よおくわかりますよ。何せ今まで誰にも言ったことは無かったんだから。   いいかえ、そこから少し、さがって今度は目を瞑って自分ひとりで此方へ歩いておいで。」

インズは、馬鹿らしいと思ったが、兎に角、言われるようにしてみた。すると、どうしたことだろう。あるところまで来るとピタッと足の裏が、地面に貼り付いたようになって、それ以上前に一歩も進むことが出来ないではないか!   驚いて目を開けて見ると、目の前に老婆が立っている。何度繰り返しても結果は同じだった。

不思議なことがあるものだ...  そう感心しながら、ふと、視線をその地点から上に向けるとすでに老婆の姿はなかった。

慌てて辺りを見回したが、白い蝶々が、ひらひらと風に舞っている以外、広大な野原には何も見つけることは出来なかった。

いつのまに...

夢だったのだろうか。それともキツネにでもばかされたのだろうか?  それでもインズは、不思議とあの老婆の言葉を信じる気になっていた。

ここが、人間のはじまった場所というなら、きっと何かすごいものが埋まってるに違いない!そう思うといてもたってもおられず我を忘れてその辺にころがっていた小石をかき集めて積み上げて目印を作るとインズは、一目散に自分の小屋へとかけていった。

その日からインズの穴堀りが始まった。くる日もくる日もシャベルを担いで嬉々として、朝早くから小屋を出ていくインズを見て不思議に思ったナナが遂にある夜インズの小屋に訪ねてきた。

「ふうん...  そりゃ不思議な話だ。」

インズから例の老婆との一件を聞いたナナは半信半疑ながらも大袈裟に感心してみせた。そしてさらに、インズにこう持ちかけてきた。

「どうだ、おいらも一つ、そのお宝探しに加えてくれねえかい?  もちろんお前さんが先にはじめた仕事(こと)だ。分け前は半分とは言わねえからさ。四分六、いやおいらの取り分は三分でも構わねえからよ。」と猫撫で声のナナの提案に

「いいともさ、分け前は折半で!」

丁度ひとりきりで穴を掘ることに疲れはじめてていたインズは渡りに船と快くナナの申し出を受け入れた。

早速、次の日からふたりの穴堀りが始まった。降っても照っても毎日それこそ死に物狂いで二人は掘り続けた。やがて十日程経ったある日、とうとうナナの方が音をあげた。

「えーい、やめた、やめた!  なあ、インズよ、本当にここを掘れば何か出てくるんだろうな?」

「いや、俺にも本当のところはわかんねえ。嫌ならいつだってやめてくれてもかまわないんだぜ。」

ナナの愚痴には一向にお構い無しにシャベルを握った両腕を動かし続けるインズだった。

(つづく)




なんと、ありがたいことでしょう。あなたの、優しいお心に感謝