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ぬいぐるみはひとつ

Twitterで、幼女がなくしたぬいぐるみを探しているので拡散希望、のツイートを読んだ。

瞬間、私の中の五歳児が泣き始めた。ぬいぐるみがないの!

私の実家は、幼少期特に貧しかった。
すきやきは牛肉でも豚肉でもなく、「ちくわ」。
近所の同い年の女の子がリカちゃんとリカちゃんハウスを持っていても、
うちには、高価な着せ替え人形は無理だった。

小学校には母の服を仕立て直して行ったことやら、
その関連で起きた様々なこと。

だが、くまのぬいぐるみは持っていた。

五歳だったと思う。
クリスマス商戦で「テディベア」が人気だった。
あれが欲しいと言った。
サンタさんは、バッタもんの水色のくまのぬいぐるみをくれた。
妹はピンクだった。

(違う…)

と、思ったが、五歳児が抱くほどの大きさで、両親は一生懸命探したに違いない。買えるくまを。

毎日一緒に寝て、
親戚の家にお泊りに行くにも連れて行って寝て、
小学校中学校高校大学、成人後もなんと持っていた。

手放したのは、私が就職して貯金して一人暮らしを始めたときだ。

「一人暮らしはさびしいから、人形かぬいぐるみを転居祝いに」
と、同僚に言われ、

「絶対、イヤ!」

と、拒絶した。だって、気味悪いじゃない、といったが、本当は、

私のぬいぐるみの友だちは、あの水色のくまだけだから

が、理由だった。

今、私はクレーンゲーマーで、ぬいぐるみは数多く獲るが、人にあげてしまう。

ぬいぐるみはひとつでいい。

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