小さな才能の話

人には自分が思ってる以上に「小さな才能」があって、それがどんなものであろうと、発揮しないでくすぶっているのはもったいないと思う。

今って映像をyoutubeにあげればそれは「作品」になることができる。
昔は誰かに良いと言われ、審査が通れば、劇場を借りることができて、その上でやっと発表できる。
そして、そこではじめて「作品」かどうかの分別を与えられたような気がする。

けれど今は違う。
もっとインスタントに、ラフに、表現者になれる。
良いか悪いかは置いとかない。
多分、これは良い。

顔がかわいくてスタイルがいいだけでモデルのような仕事がもらえ、バンドのPVに出演したりする。
それもその人の持つ小さな才能。

写真家が映像撮ったり、映像作家が写真撮ったり、音楽家がブランドやったり、服屋がDJやったり。
それもその人たちの小さな才能だ。

そういう姿は見ていてとても気持ちいい。
もっとやれ!やっちまえ!
誰かの陣地に土足で踏み込め!って思うのです。

職業が一つに絞れないほど、様々なことをやっている人が今の若者にはたくさんいる。
自分の才能をどんなことにでも注ぎ、表現することができるのもひとつの小さな才能だ。
それに気づけた人から順にスケジュール帳は埋まり、退屈とおさらばできる。
電話帳が埋まり、新しい景色を眺めることができる。

それは一生の仕事にする必要もないし、ならなくてもいい。
誰が決めた。そんなこと。
その時、その瞬間に自分が輝けることに夢中になる姿こそが、自由であり人間そのものだなと思う。

そこから金を稼ぐようになりたいと思うようになるのなら、またそこからなんだろう。
青い果実は、魅力的だ。という話。

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