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村井の恋

『村井の恋』の読者の中には、登場人物に自身を重ねて共感できる人もいるのかもしれない。ただ、わたしの場合は、この作品の登場人物である田中先生や村井くんに、自分を重ねて共感することはあまりない。

けれども、なぜだろう。彼や彼女ら登場人物たちに、親近感が持ててしまう。少なからずわたしも、何かしらを対象とした極端な嗜好を持っているのかもしれない。

わたしは、プレイしているゲームのタイトルや、気に入っているキャラクターを具体的に明かす人にリアル(対面)で出会うことがあまりない。

ゲームはやっぱり、ひとりで楽しむという性質が強いのかもしれない。

テレビゲームが普及して、同一のタイトルを圧倒的に多数の人が楽しんだ時代だったら、好きなゲームやキャラクターの話などを気軽に持ちかけやすかったかもしれない。(わたしの場合は、ファイナルファンタジー7あたりが真っ先に思い浮かぶ)

いまはスマホアプリが普及して(作中の田中先生のプレイ端末は固有のプラットフォームのようだが)、プレイしているゲームのタイトルも人によってさまざまだし、ゲームをプレイするかどうか自体、人による。

ネット上は、そうしたさまざまな好みを持つ人たちが、簡単にお互いを見つけだし、「房」を形成することができる。

なんというか、恋愛というのは、究極の「房」かもしれない。しかし、ネット上にお互いを辿るつてを頼り切るわけにもいかない。そのハードルの高さにたじろいでいるあいだに、架空の存在である二次元のキャラクターの胸元の心地よさから抜け出せなくなってしまうのも、わかる気がする。

その心地よさからその人を現実へと引きずり出すには、やはり村井くんくらいの突き抜けた直球のアプローチが必要になってくるのだと思う。

そのへんの描き方が、なんというか非常に「わかるわぁ」的な作品なのである。個性的すぎる登場人物たちは、決してわたしやあなたに似ているとは言い難いとしても、身近に感じさせる魅力がある。

そんな、へんてこで珍奇な恋愛を、二次元にのめり込む人たちの間での種々の常套句的表現や言葉づかいを採りながら、ユニークで遊びに満ちた演出で描き出し、どんどん読み手を導いてくれる。

それと、この作品において重要な存在が、ほかでもない「ヒトトセ(春夏秋冬)くん」だ(あえて漢字の方をカッコ内に入れさせていただいた)。ヒトトセくんが、田中先生の二次元上の恋の相手であり、そうした二次元上の人物に恋してしまう人たちの言葉を借りて言うならば、「(最)推しキャラ」である。

このヒトトセくんが、田中先生にぞっこんの村井くんとソックリだということが、田中先生の心をぐらんぐらんと揺さぶる。村井くんは作品冒頭では「黒髪ロン毛」だが、田中先生いわく「恋愛対象外」とのことを受け、村井くんは「真逆」の「金髪ショート」に変えてくる。この時点では、村井くんはヒトトセくんの存在を知らない。

ゲーム上のヒトトセくんのキャラクターは、現実の村井くんとはかなり違い、そっくりなのは風貌だけだ。そのことが対比になって、よりヒトトセくんや村井くんの個性を際立たせている。作品の中の二次元上のキャラクターまでもが、読者の腹筋やら横隔膜やらに揺さぶりをかけてくるのである。

読んでいて、思わず笑ってしまうような作品に出会うことは、わたしの場合はあまりない。

ありがたく尊い、わたし的「(最)推し」漫画である。

https://manga.line.me/product/periodic?id=0000b1as

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