年下の男の子

義昭は、まだ帰ってこない。メールもないし、もちろん電話も無い。

今夜は、特別な夜。
ふたりにとっての思い出の日からちょうど一年目の夜。

とはいっても、義昭の方では今日のことを特別意識していないかもしれない。私のほうは鮮明に憶えているけれど、普通はそれほど気にしないような、記念日とも呼べないような、些細な思い出。

今日は、義昭が初めてうちに来た日。そして、私が初めて手料理を披露した日だ。
一年前のあの日、私が前日から仕込んで準備した、自慢のカレーを義昭に振舞った。義昭はその頃、私みたいな男勝りの女には、料理ができるわけがないとよく言っていた。出てきたカレーが普通の見た目だったので、逆に不信感たっぷりの視線を浴びせてきたのを憶えている。

カレーを口にした義明は、とっても驚いて、とっても喜んで、とってもおいしそうに食べてくれた。付け合せに出したサラダも残さず食べてくれた。当時は、義昭がトマトを嫌っていることを私は知らなかった。そのときのサラダにもトマトが入っていたのに、義昭は何も言わず、残さず食べてくれた。

『うまいなぁ、うん』

「私が女だったってことに、やっと気がついた?」

『うん』

義昭は口数が少ない。余計なことは言わないし、時には必要なことさえ、口にしなくてイライラすることがある。

でも、その日の義昭は、たくさんの感情を言葉にしてくれた。本当に嬉しそうに、まるで、大好きなカレーを食べる子供の笑顔みたいな、そんな表情を私に見せてくれた。私はそのことが、うれしくってじんとなった。

食事が済んで、ふたりソファーに座り、並んで映画のDVDを見た。映画の内容はどうでもよかった。ふたりで一緒に存在することが、純粋に楽しかった。
映画が終盤に差し掛かる頃、私の肩に、急に義昭が頭をもたげてきた。見ると、義昭は眠ってしまっていたのだった。仕事の疲れがあったのだろうけれど、眠ってしまえるほど、私のそばでは安心してくれていることが、私にとっては重要だった。

私は義昭の頭を、そっと自分の膝に乗せた。初めての膝枕。
警戒心の全く無い寝顔で、ゆっくりと息をしている義昭。
彼の体温が、少しずつ膝を通して伝わってくる。暖かくって、かわいくて。柔らかな義昭の髪。気がつけば、手櫛を通すように頭を撫でている自分がいた。

一年前のあの日、別段、男と女にとって特別だったわけでもないあの日。あれから一年。ふたりは何も変わらない。ただひとつ変わったことは、義昭が毎日うちに帰ってくるようになったことだけ。

携帯はまだ鳴らない。
ドアも開かない。

大丈夫、カレーは大きな鍋のなか。
そう簡単には冷めないから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?