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なぜなぜ奈良

神楽番頭は奈良にとりつかれている。理系出身で、会社でずっと金勘定していた人間が、なぜここまで奈良に通うのだろうか。1300年前の五重塔、穏やかな微笑みの薬師如来像、遥かに広がる緑と青い空。そう、私は穏やかでミステリアスで人々を大きく包みこむ奈良そのものになりたいのだ。

《ライティング講座》課題 ~ 「140文字で自己紹介」より


私にとって、自己紹介は至福の時間である。
なぜなら、それは私のとどまるところを知らぬ「奈良愛」の告白が許される時間であるからだ。
しかし、自己紹介が終わると苦痛の時間が待っている。
なぜなら「どうして奈良がそんなに好きなのですか」と必ず聞かれるからだ。

うーん。・・・だって、いいじゃないですか。いいところなんですよ、本当に。わかりませんか。

「わからない」と相手の顔に書いてある耐え難い数分間が過ぎ去って、自己紹介タイムが終わる。

先日受講した《ライティング講座》でもそうだった。そして、さらにその自己紹介を、すぐに文章にまとめなさい、と言われる。先ほど言葉で言えなかった「なぜ奈良が好きか」を、なんとかここで文章で表現したい。制限時間、あと3分。「なぜ」「なぜ」「なぜなぜ奈良」

「私は奈良そのものになりたいのだ」

やってしまった。意味が全くわからない。自分でもどうしてこんなことを書いたのかわからない。どうやら奈良愛をこじらせて、人格と奈良の融合が意識下で進行してしまったようだ。

(聖林寺 十一面観音立像・複製 「なら歴史芸術文化村」にて展示)

頭を抱えたまま、セミナーが終了し、20分間、放心状態が続く。
だんだんわかってきた。文章にしたことで、明らかになったことがある。

「なぜ奈良が好きなのか」の説明が難しいのは、私にとってこの質問が「あなたという人間の素晴らしい点を3つあげなさい」という質問と同義になっているということだ。
仕方がない。ここはもう、奈良を好きな理由を書くために「私の素晴らしい点」というのはおこがましいが、「こんな自分だからこんな奈良が好き」という視点で、奈良の魅力をとりまとめてみるしかない。

その1:「悠久の歴史の流れをあれこれ想像して、まるで見てきたかのように人に話すのが好き」

旅をすると、目に入ってくるもの、聞こえてくるものから刺激を受けて、想像力が広がる。
奈良の都、平城京があった場所につくられた平城宮跡歴史公園に、実物大の「遣唐使船」が展示されている。「遣唐使」の存在は歴史上の記録に記されているが、遣唐使が乗った「船」に関してはほとんど資料が残っていない。当時の書簡に残された遣唐使の人数や、後世の絵巻物といったわずかな手がかりによって造船された船。

(平城宮跡歴史公園 復原遣唐使船)

この船は、もう奈良時代の遺産というより、「遣唐使船をこの目で見てみたい」と願った現代に生きる人々がよみがえらせたファンタジーなのかもしれない。これほどのものを見ると「奈良には、こんなに素晴らしいものがあるよ」と、どんどんまわりの人たちにも伝えたくなる。
「奈良」という素材を、日本人の想像力とものづくりのテクノロジーで磨き上げた、光輝くファンタジーの集積体が現代の奈良なのだ。

その2:「豊かな自然の中で、ボーっと過ごすのが至高の時間」

784年、平城京から都は長岡に移る。その後、「あおによし」とも呼ばれた煌びやかで広大な都は一面の原野に帰した。
放置され、忘れられ、武士の世になり、また近代となっても、奈良では都市計画はそれほど進まなかった。歴史の空白を自然が埋め、結果的に緑につつまれた今の奈良の姿になったのだ。春には桜が咲き、秋には紅葉が美しく空を染める。そんな奈良をゆったりとリラックスして歩いていくのが、なによりも好き。広い空と季節ごとに変わる自然も、奈良の大切な資産である。

その3:「病気も、戦争もない平和な世界。そのために自分がなにができるのかを考え続けている」

東大寺の大仏は奈良観光のシンボルだが、決して、時の聖武天皇の「観光名所としてなにかドーンとでかいものがほしいよな。大仏とかいいじゃないか」でつくられたわけではない。自分の子供が病気で死ぬ。家族が敵味方に別れて戦乱で死ぬ。そんな究極の苦しみの中で、仏教にすがり、ありったけの思いをこめて巨大な仏像をつくる。
そうやってやっと完成した仏像を納めた寺社も、数百年後にふたたび戦乱の舞台になる。別の寺では、建物は燃えても仏像だけは命からがら持ち出した人々がいる。
奈良に行くたび触れるのは、そんな人々の1300年続く思い。だから、そんな平和への思いを、思いがつまっている奈良を、世界に広く伝えることが、奈良の歴史から比べればはるかに短い数十年間だが、広告会社に籍を置いた神楽番頭のミッションなのだと信じている。
 
「なぜなぜ奈良」。
最後は奈良と自分の紹介文となってしまったが、この文章を書くのも、様々な思索と表現を試す興味深い経験となった。ありがとう、奈良。


(タイトル画像は、初夏の室生寺五重塔。写真は全て筆者撮影)


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