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林伸次
2016年12月2日 08:58
そのバーでは、いつもチョコレートをつまみにカルヴァドスのソーダ割りを飲むと決めていた。マスターは小太りで坊主頭で黒縁のメガネをかけていた。50才くらいだろうか、みんなマスターと呼ぶだけで、誰も名前は知らなかった。マスターが笑ったところを誰も見たことがないし、マスターがどこに住んでいるのか、家族がいるのかどうかも知らなかった。開店時間も閉店時間も決まってなく、マスターが気が向いたら昼から
2016年12月9日 08:39
港につくとすぐに船はわかった。船は黒くて大きく、鉄で出来たクジラを思わせた。タラップを上がり甲板に立った。甲板はとても広くてテニスコートが二つは入りそうだった。そして甲板には誰もいなかった。僕はベンチに座り月のない夜空を見上げた。耳をすますと、船底の方からゴウゴウというエンジンの音が聞こえてきた。気がつくと船は海の上をすべり始めていた。夜の海は静かで、船が海を切り裂くザザッザザッという音だ
2016年12月16日 08:39
さよならの国に降り立った。雨はあがり、僕がいた世界と何も変わらない、普通の街並みがあった。僕は雨で濡れた身体をどこかで暖めなくてはと思い、店を探していると『カフェ・ソリテュード』という看板が目に入った。カフェは一人でくつろぐ場所という意味だろうか、それとも孤独な人のための場所という意味だろうか、とにかく入ってみることにした。店は思っていたよりも狭く、椅子はなくカウンターのみで、10人くらい
2016年12月30日 07:53
街は静かだった。舗道はしっとりと濡れていて、空気はひんやりとしているけど、風はなく僕はポケットに両手を突っ込んで歩いた。するとほっそりとした黒猫が僕の隣を歩いているのに気がついた。黒猫はツンとすましていて気品があり、とても美人だった。僕が「ねえ」と声をかけると、立ち止まった。「おいで」というと、そっと近寄ってきた。とても愛想が良い。撫でてやるとすごく気持ちよさそうな表情を見せた。何
2017年1月6日 08:34
街を歩いているとギターの音が聞こえてきた。舗道に座って弾いている。黒いハットをかぶっていて、顔がよく見えない。黒いマントに下は灰色のセーターを着ている。近寄ると歌を歌い始めた。「ページをめくると物語が始まる 手紙を書くと終わりが始まる夜空を見上げるともう一人の自分を思い出す朝が来ると魔法が消える時計を見ると別れが近づく窓を閉めると声が届かない扉を開けると全てが変
2017年1月13日 08:39
坂道をゆっくりと下っていくと湖に出た。引き返そうと思ったのだけど、岸辺に小さなボートを見つけた。湖の向こう側にはいくつか明かりが見えた。ボートに乗ってこの湖の向こう側まで行ってみようと決めた。湖の水は透き通っていて、底の方まではっきりと見えた。ボートを漕ぎ進めると、湖の底の方に小さな街が見えてきた。街には小さな公園があって、すべり台で小学校低学年くらいの男の子が遊んでいた。男の
2017年1月20日 08:45
ボートがやっと湖の向こう側にたどり着いた。僕はボートから降りようとすると、後ろで声がした。「そのボートはどこで盗んできたの?」振り向くと、腰まで水に浸かった男の子がいた。髪の毛もシャツもぐっしょりと濡れている。僕は驚いて「いや、盗んだわけじゃないんだけど」と答えた。「でも、それ君のじゃないよね」「うん。でも、誰でも使ってもいいのかなって思って」「そんな言い訳はやめたら。
2017年1月27日 08:40
僕は走った。走った。気がつくと暗い森の中だった。月も星も見えない。獣の声もしない。風も吹いていない。静かな森の中、僕は立ち止まった。僕はこの国にいったい何をしにきたんだろうと考えた。さよならの国。人と人は一度しか出会えない。そこで出会ったら、後はお別れ。もう二度と出会えない。するとガサガサッと音がして、女の子が僕の前にあらわれた。「あの」とその女の子が言った。僕は「こんばん