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さよならの国

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記事一覧

さよならの国1

そのバーでは、いつもチョコレートをつまみにカルヴァドスのソーダ割りを飲むと決めていた。

マスターは小太りで坊主頭で黒縁のメガネをかけていた。50才くらいだろうか、みんなマスターと呼ぶだけで、誰も名前は知らなかった。

マスターが笑ったところを誰も見たことがないし、マスターがどこに住んでいるのか、家族がいるのかどうかも知らなかった。

開店時間も閉店時間も決まってなく、マスターが気が向いたら昼から

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さよならの国2

港につくとすぐに船はわかった。

船は黒くて大きく、鉄で出来たクジラを思わせた。タラップを上がり甲板に立った。甲板はとても広くてテニスコートが二つは入りそうだった。そして甲板には誰もいなかった。僕はベンチに座り月のない夜空を見上げた。耳をすますと、船底の方からゴウゴウというエンジンの音が聞こえてきた。

気がつくと船は海の上をすべり始めていた。夜の海は静かで、船が海を切り裂くザザッザザッという音だ

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さよならの国3

さよならの国に降り立った。雨はあがり、僕がいた世界と何も変わらない、普通の街並みがあった。

僕は雨で濡れた身体をどこかで暖めなくてはと思い、店を探していると『カフェ・ソリテュード』という看板が目に入った。カフェは一人でくつろぐ場所という意味だろうか、それとも孤独な人のための場所という意味だろうか、とにかく入ってみることにした。

店は思っていたよりも狭く、椅子はなくカウンターのみで、10人くらい

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さよならの国4

街は静かだった。

舗道はしっとりと濡れていて、空気はひんやりとしているけど、風はなく僕はポケットに両手を突っ込んで歩いた。

するとほっそりとした黒猫が僕の隣を歩いているのに気がついた。黒猫はツンとすましていて気品があり、とても美人だった。

僕が「ねえ」と声をかけると、立ち止まった。「おいで」というと、そっと近寄ってきた。とても愛想が良い。

撫でてやるとすごく気持ちよさそうな表情を見せた。何

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さよならの国5

街を歩いているとギターの音が聞こえてきた。

舗道に座って弾いている。黒いハットをかぶっていて、顔がよく見えない。黒いマントに下は灰色のセーターを着ている。

近寄ると歌を歌い始めた。

「ページをめくると物語が始まる 

手紙を書くと終わりが始まる

夜空を見上げるともう一人の自分を思い出す

朝が来ると魔法が消える

時計を見ると別れが近づく

窓を閉めると声が届かない

扉を開けると全てが変

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さよならの国6

坂道をゆっくりと下っていくと湖に出た。

引き返そうと思ったのだけど、岸辺に小さなボートを見つけた。

湖の向こう側にはいくつか明かりが見えた。ボートに乗ってこの湖の向こう側まで行ってみようと決めた。

湖の水は透き通っていて、底の方まではっきりと見えた。ボートを漕ぎ進めると、湖の底の方に小さな街が見えてきた。

街には小さな公園があって、すべり台で小学校低学年くらいの男の子が遊んでいた。

男の

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さよならの国7

ボートがやっと湖の向こう側にたどり着いた。

僕はボートから降りようとすると、後ろで声がした。

「そのボートはどこで盗んできたの?」

振り向くと、腰まで水に浸かった男の子がいた。髪の毛もシャツもぐっしょりと濡れている。

僕は驚いて「いや、盗んだわけじゃないんだけど」と答えた。

「でも、それ君のじゃないよね」

「うん。でも、誰でも使ってもいいのかなって思って」

「そんな言い訳はやめたら。

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さよならの国8

僕は走った。走った。気がつくと暗い森の中だった。

月も星も見えない。獣の声もしない。風も吹いていない。静かな森の中、僕は立ち止まった。

僕はこの国にいったい何をしにきたんだろうと考えた。

さよならの国。人と人は一度しか出会えない。そこで出会ったら、後はお別れ。もう二度と出会えない。

するとガサガサッと音がして、女の子が僕の前にあらわれた。

「あの」とその女の子が言った。

僕は「こんばん

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