「あの有名人と知り合いなんだよね」と「あれって俺がやったんだよね」は言いたくないなあ

僕は「男の美学」とか、「こういう生き方が素敵」とか、あんまり気にしなくて、ほんと、良い大人なのにみっともないことをやってしまいがちなんですね。

でも、これを言う大人だけにはなりたくないなあ、とずっと思っていることが二つありまして、一つは「あの有名人と知り合いなんだよね」というのと、もう一つは「あれって俺がやったんだよね」というものです。

「あの有名人と知り合い」の何が悲しいかって、「で、それがどうしたの?」だと思うんです。

人にはいろんな時にいろんな場所で、誰かと知り合う機会があるわけで、それがたまたま「有名人」だったわけで、有名人と知り合いだからといって、何にもすごくはないんです。

例えば誰かが宮崎駿と仕事をしたとしますよね。インタビューとか、映画の宣伝とか、色々あると思います。その人が「俺、宮崎駿と仕事で会った」って自慢したら、「おお、すごい!」って僕は感じるんです。だって、彼、宮崎駿と対等の関係で会っているわけですから。

でも、知り合いの知り合いで、大きい飲み会で一緒になった、というのを自慢するというパターンありますよね。でも、僕はそれだけはしたくないんです。できれば宮崎駿と仕事で会う(僕の場合は接客するとか対談する)ところまで行きたいと思うんです。

 ※

あと、「俺、あれやったんだよね」を言いたくない理由は、それをわざわざ自分が言わなきゃいけないくらい、みんなが知らないのなら、それはそれほど大したことないんだと思うんです。

「5年前にこういうのが流行ったの覚えている? あれ、俺がやったの」って、わざわざ伝える図式、悲しいですよね。

本当にすごく流行って、すごく価値が高いものだったら、そんなの説明しなくても、「あ、この人、あれやった人だ」ってみんなが知っているものだと思うんです。

さらにそれを言うような人間になりたくないなと思う理由は、どうしてもそこにある「昔自慢」です。

やっぱり昔自慢の何が悲しいかって、今はもうその人、何にもしてないからだと思うんです。最前線からは撤退しているってことですよね。

アントニオ・カルロス・ジョビンは晩年に「世界中を、イパネマの娘を歌って回るような人生だけにはしたくない」って言ってたんですね。

だから、彼は、そうとう年齢を重ねても、常に最前線の音楽を発表し続けたし、実際、最晩年に残した録音も、どれもが素晴らしいんです。

 ※

でもまあ、この二つを言いたい気持ちはもちろんわかります。だから言っている人がカッコ悪いってわけじゃなくて、まあ自分に関しては言わないようにしたいなあと思っているだけです。

今、ちょっと考えなおしたら、「宮崎駿とこの間、一緒に飲んだんだよね」って言われたら、「え? 宮崎駿、何飲んでました?」とか言いそうだし、「あのCD、俺、録音したんだよね」って言われたら、「え? あの演奏とかどんな感じでした?」って、すごく食いつくような気がしてきました…

#コラム

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この記事は投げ銭制です。この後、オマケで僕のちょっとした個人的なことをすごく短く書いています(大したこと書いてません)。今日は「飲んでしまった」です。

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「あの有名人と知り合いなんだよね」と「あれって俺がやったんだよね」は言いたくないなあ

林伸次

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林伸次

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