斉藤さんの後悔

斉藤さんがbar bossaに来店してこんな話を始めた。

「林さん、俺、20代の時にすごい恋愛をしたんです。もうすごく好きだったし、彼女も俺のことをすごく好きだったはずなんです。

彼女、自宅だったんですけど、ほとんど俺の部屋に通い同棲みたいな感じで、休日なんてずっと2人でベタベタしてたし、もうほんと色んなことをしたし、色んなことを話し合ったし、そして、すごく喧嘩もしたんです。

仲が良くて気が合うとお互いすごく気を使わなくなって、言いたいことを言うから喧嘩が増えるんですよね。

親とか兄弟とかもそうじゃないですか。仲が良ければ良いほど喧嘩になっちゃうんです。

だから、彼女とは何度も別れたんです。『もう無理。一緒にはいたくない』って言って、それで連絡をとらなくなるんですけど、でもしばらくするとお互い寂しくなって、それで連絡をとっちゃうんです。

会社に入ってすぐに付き合い始めたから23から28までずっとそんな感じでくっついたり別れたりしてたんです。

今思えばどこかの段階で結婚してたら良かったんです。でもそんなこと思うような年齢じゃなかったんですよね。

もう目の前の『大好き』とか『もう別れたい』とかそういうのばっかりでいっぱいになってて、彼女が実は俺にすごくぴったりの女性だなんて気がつかなかったんです。

それで28の時に別れて、しばらくしたら彼女、親のすすめでお見合いして、あっさり結婚しちゃったんです。

俺のところにも連絡があって、俺も『おめでとう』とか言って結婚式にまで行ってしまったんです。

さらに俺、ほんとバカなんですけど結婚式の途中で手をあげてマイクを奪って『ひとこと言わせて下さい。おめでとう。彼女を幸せにして下さい』なんて言っちゃったんです。その相手の男性だけが俺がどういう人間だか知らなくて、その会場ではみんなもちろんわかってて。でも、その相手の男性、ちょっと目をうるうるさせて『任せてください。幸せにします』なんて答えて。たぶん良い奴なんです。『ああ違うところで会ってたらこの男と仲良くなれたかも』なんて思いました。

俺もそれから何度も普通に恋愛して、ちょっと付き合ったり、失恋したり、そんなのを繰り返したんですけど、20代のあの頃のようなすごく熱くて激しい気持ちになんて全然なれないんです。

もちろん魅力的な女性もいたし、一緒に布団の中でいると充実した気持ちもあったんですけど、でも『この女性と結婚して死ぬまでずっと一緒にいたいか』って思うとそうでもない気がするんです」

「その昔の彼女とは連絡はとってるんですか?」

「とってます。旦那が出張なんてとき、2人で飲みに行ったりもしてます」

「え、それはマズいですね」

「あ、別に不倫になんてならないですよ。でも、この間、俺ちょうど女の子と別れたばかりで、ついつい酔った勢いで彼女に言っちゃったんです。

『俺、どうしておまえに結婚しようって言わなかったんだろう。俺、おまえと結婚するべきだったんだよなあ』

そしたら彼女こう答えたんです。

『いつかそういうつまんないことを言うんじゃないかと思ってた。あのね、私、今の旦那と結婚してすごく幸せなんだよね。斉藤くん、私が旦那のことをそんなに好きじゃないと思っているでしょ。で、私がまだ斉藤くんにちょっと未練があると思ってるでしょ。男ってそういうものなんだよねえ。斉藤くん、私はもう全然斉藤くんのことを男として見てないって気づかないと次に行けないよ。私が良い女だっていうことはわかってるけど、早く私のことは忘れなきゃ、なんてね』

俺もうすごく腹が立って、また昔みたいに俺が怒って帰って来ちゃったんです。でもたぶん彼女が言うことがあたってるんです。俺だけがひきずっているんです。そして彼女はもう俺の方には一生振り向いてくれないところに行ってしまったんです。俺やっぱり昔に彼女と結婚してたら良かったんです」

そう言うと、斉藤さんはラングドックのシラーを一気に流し込んだ。

#小説 #超短編小説

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林伸次

超短編恋愛小説

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