時間旅行中の彼女

#小説 #超短編小説

その日は重たい雲が夜空に立ちこめて、月も星もない静かな夜だった。

僕はこんな夜にお客さまなんて来るのだろうかと思いながら準備をしていると、黒いスーツを着た女性が突然目の前に現れた。

彼女はカウンターに座ると、こう言った。

「私、今回で時間旅行は3回目なんです。もう身体が追いつかなくて、たぶんこれが最後でもう元の世界には戻れなさそうです。

林さん、ここには2分しかいられなさそうですけど、グラスでシャンパーニュを頂けますか?」

僕は急いでシャンパーニュを開け、彼女の前に出した。

彼女はそれを美味しそうに飲みながらこう言った。

「今からどうしても20年前の彼に会わなきゃならないんです。

20年前の彼は本当に孤独でもうこの世界から消えてしまいそうなんです。

私、そんな若い頃の彼のそばに行って、抱きしめるんです。

ねえ、林さん、私、若い頃の彼の前に突然現れても、彼、私のことを綺麗だって思ってくれるでしょうか? 変わったオバサンなんて思ったりしないでしょうか?」

「すごくお綺麗ですよ。彼もこんな美しい女性に抱きしめられると生きていく勇気が出ると思いますよ」と僕が答えると、彼女は美しい笑顔を見せ、カウンターから姿を消した。

  ※

僕のcakesの連載をまとめた恋愛本でてます。「ワイングラスのむこう側」http://goo.gl/P2k1VA

この記事は投げ銭制です。この後、オマケで言い訳を書いています。

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