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バー・ムーン・ビーチ 階段

男は入ってくると、棚を見て、「グレンリヴェットの12年を、そのままでください」と言った。

グレンリヴェットを出しながら、「旅行中ですか?」と私が聞くと、「階段を上がっている途中なんです」と答えた。

「階段を上がっている途中?」と聞くと、こんな風に話し始めた。

「気づくと、階段を上がっていたんです。

時々、人とすれ違うと、みんな不思議そうな顔で僕を見ました。

最初はどうして不思議そうに僕を見るのかわからなかったのですが、あるとき理由がわかりました。

30歳くらいの夫婦と5歳くらいの男の子が3人で手をつないで階段を下りてくるのにすれ違いました。

夫婦は僕の方をちらりと見て、急いで目をそらしました。

男の子が僕の方をじっと見て「ママ、あの人、階段を上がってる」と言いました。

するとその母親が「ほら。あんまりジロジロ見ないの。人にはいろんな事情があるのよ」と答えました。

どうやら階段は上がるべきではなく下りるべきものなんです。

そして僕は気づきました。

このすれ違う人たちはこの階段の上の方がどうなっているのか知っているんです。

今度、誰かとすれ違ったらこの階段の先がどういう場所なのか聞いてみようと思いました。

そして僕は本当は階段を下りるべきなのかどうか考えてみよう。

すると年老いた男が階段を下りてきました。

僕は「すいません。この階段の先はどうなってるんですか?」と聞きました。

男は「わしからも質問だ。この下はどうなっておる?」

僕は答えられません。

男は続けました。「階段は下がるものだ。水は低いところに流れる。逆らってどうする」

僕は男に頭を下げ、階段をまた一段上がり始めました。

足が軽くなってきました。これからも僕は階段を上がり続けます」

そういうと、男はグレンリヴェットを飲み干し、会計をすませ、店を後にした。まだ彼は階段を上がり続けているのだろう。

#小説

お酒やバーについての僕の本です。『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』 

bar bossaに行ってみたいと思ってくれている方に「bar bossaってこんなお店です」という文章を書きました。

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