大泥棒のこだわり
その大泥棒は多くの物を盗んだ。
海賊の財宝はもちろん、お姫様の初恋や小国のプライドと未来、満月の夜のため息、真っ白な雪の上に落ちた桜の花びら、とにかくありとあらゆる物を盗んだ。
当然のことながらその大泥棒は全世界に指名手配された。
世界中に大泥棒の人相書きのポスターが貼られ多くの探偵や秘密警察達がその大泥棒を捕まえようとやっきになった。
しかし、その大泥棒は世界中の自分のポスターを盗み、みんなの記憶も盗んだ。
そして大泥棒はまた世界を自由に歩き、たくさんの物を盗んだ。
僕はあるしけたバーのカウンターで目つきの悪いバーテンダーからその大泥棒を紹介された。
大泥棒はジャックローズをオン・ザ・ロックで飲んでいた。結構お洒落な飲み方をする人なんだ。
僕は大泥棒に聞いた。
「どんなものでも盗めるんですよね」
「もちろんさ。君が望めば天使の涙でも懐かしい時間でも何でも盗んできてやるよ」
「何か盗むのが難しい物ってあるんですか?」
「難しい物はないけど、盗みたくない物はあるね」
「例えば?」
「若者の挫折とか絶望とかかな」
「わかるような気がします。ところで、どうしてなんでもかんでも盗んじゃうんですか?」
「世界のバカな奴らに自分だけの物は何一つないことを知らせてるんだ。世界にはもっともっと喪失感が必要なのさ」
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