自分の文体のようなこと

何百年かたって、日本語の研究者が必ず指摘するだろうと予測できることがあります。

それは20世紀後半から21世紀初頭にかけて、日本人男性の文体が「村上春樹スタイル」になってしまったということです。

雑誌の記事や音楽評論、そして特にブログなんかはほとんど村上春樹文体一色だったりします。

よくインターネットなんかで、村上春樹調の文章を揶揄する書き込みなんかを見かけますが、僕は「村上春樹の文体の影響が皆無の文章」を探す方が大変だと思います。

一度、ある方の文章を読んで、「うわ、村上春樹!」と思ったので、「好きなんですか?」と質問したら、「読んだことない」と言われて、「そうかあ。そこまで村上春樹の文体って浸透しているんだ」と逆に恐ろしくなりました。

でも多くの人が指摘するように、あの文体は村上春樹がたった一人で作り上げたものではなく、翻訳文学や谷川俊太郎が積み上げてきたものを「発展させてまとめたスタイル」だと思います(ちなみに『やれやれ』は谷川俊太郎の発明だと思っていたら、スヌーピー共訳者の徳重あけみの発明だそうです)。

それで色々と考えた僕は「村上春樹みたい」と言われるのを避けるために、最初の頃は「私」という主語を使っていました(2000年代に僕が書いたCDのライナーや音楽記事は全部、「私」で書いています)。

さらに今のようなユルユルな文章ではなかったし、「ですます調」でもないこともあって、沢木耕太郎みたいって言われたらどうしようと不安だったのですが、誰もそんな指摘はしませんでした。

でもある文学が好きな友達に「その文体だとなんか偉そうだし、林くんはもっと柔らかい印象が良いんじゃない」と言われ、試行錯誤して今のスタイルにたどり着きました。

一番心がけていることは「小学生でもわかる文章」というものです。

まず難しい言葉は避けて、出来る限りわかりやすい言葉を探しています。

で、「そんな感じ」とか「そんな雰囲気」とか「すごく良いんです」とかいう表現が続くと「なんか頭悪そう」とか自分でも思うのですが、「それで良し」としています。

さらに出来るだけ「みんなの知らない固有名詞」は使わないということも心がけています。今回も例えば「沢木耕太郎」という固有名詞、どうしようかな、ちょっと解説をいれようかな、URLでリンクをつけようかな、と悩んだのですが、さすがにこの文章を読んでいる人はほぼ全員大丈夫だろうと判断しました。

あと、ひとつひとつ説明すると恥ずかしいので詳しくは書かないのですが、「あ、これは林の文章だ」ってわかるような工夫をしています。

僕とこれを読んでくれている方の間には「文字」しかないわけで。

でも「僕だけの文体」というのを手に入れると、読む人が「僕の文章」を見ただけで、まるで「僕が目の前で喋っているような、息づかいが聞こえてくるような印象」を与えられるかもと。

#コラム

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この記事は投げ銭制です。この後、オマケで僕のちょっとした個人的なことをすごく短く書いています(大したこと書いてません)。今日は「僕、薬が好きで」です。

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自分の文体のようなこと

林伸次

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林伸次