雪の中で

正美さんが来店してこんな話を始めた。

「林さん、この前の冬、新潟の方で、大雪で足止めされた車が2台あったニュースご存知ですか?

あの1台、私が運転してたんです。

もう突然の大雪で、あれよあれよという間に雪が積もってしまって、私の車、もう完全に動けなくなってしまいました。

とりあえず携帯電話で110番か119番に連絡しなきゃと思ったら、山奥だから圏外だったんです。時間は夜の10時でした。

私の車のちょっと先にも立ち往生している車があったので、そこまで歩いていきました。

男性が一人、車をバックさせたりハンドルを切ったりと色々としてたのですが、彼もあきらめて携帯電話を取り出したところでした。

彼が私の方に気がつき窓を開け、『携帯、圏外ですね。そちらの携帯もそうですか?』と言いました。

私はうなずき、『どうすれば良いんでしょうね』と言いました。

『一番近くの民家にたどり着くまでの間に凍え死にしそうですよね。救助隊が来るまで待つしかないですね』と彼が言ったので、私は自分の車に戻りました。

1時間くらいして、私の車がエンストを起こしました。もちろんヒーターが止まってしまいました。

このままでは死んでしまうと思い、先の車のところまで歩いていき、窓をトントンと叩いて、『すいません。私の車、エンストして、ヒーターが止まったんです。あの、本当に申し訳ないのですが、そちらの車の中で救助隊を待たせてもらえないでしょうか』と言いました。

すると彼は『そうですか。それは大変ですね。どうぞどうぞ。困ったときはお互い様です』と言って、助手席に私を座らせてくれました。

最初のうちは『困りましたね』とか『明日、急ぎの予定はないんですか?』なんて話をしていたのですが、やがてお互いの身の上話になりました。

彼は新潟市で勤めていて奥様と子供が二人いて、今日は東京に仕事の用事があった帰りだったということ、私は東京で暮らしていて、結婚していて子供はいないこと、今日は新潟の父の実家に向かっている途中だったことなんかを話しました。

『お父さんのご実家は新潟のどちらですか?』

『新潟の人でもあまり知らない田舎のほうなのですが、藍園町ってところなんです』

『え、偶然ですね。僕は今は新潟市ですが、高校までは藍園町でしたよ』

『本当ですか? 私、小学校6年の時、両親の都合で1年間だけ藍園町に住んだことありますよ』

『本当ですか? 僕、藍園北小学校でした。小学校はどちらでしたか?』

『私も愛園北小学校でした』

『あの、女性に年齢を聞くの、失礼ですが、おいくつですか?』

『48です』

『あの、僕も48です。もしかして、内藤さんですか?』

『はい。旧姓は内藤です。もしかして、平田くんですか?』

全く同じ小学校で同じ学年同じクラスだったんです。

担任の先生のこと、修学旅行のこと、同じ友達のこと、いろんな記憶がよみがえってきました。

あいつは今は医者をやっているとか、あの綺麗な女の子は今はすごく太って子供が5人もいるとか、そんな思い出話が盛り上がりました。

そして、外は大雪でもう時間は真夜中の2時になっていました。

でも私たちはいつまでも思い出話が止まりませんでした。

平田くんは私のことをすごく覚えていてくれました。私がピアノが上手くて合唱の発表の時にピアノを弾いたこと、私が夏休みの後、髪の毛をすごく短くしたこと、私が給食を食べるのが遅かったこと、いろんなことを覚えていました。

そして私も平田くんのことをたくさん覚えていました。平田くんが少年野球のチームでピッチャーをやっていたこと、平田くんが昼休みにいつも廊下で男の子たちとプロレスごっこをしてたこと、そして平田くん女子からたくさんチョコレートをもらっていたこと。そう私の初恋の相手は平田くんだったんです。

平田くんが突然こう言いました。

『僕、ずっと内藤さんのことが大好きだったんです。初恋でした。東京から来たすごく綺麗な女の子だなあってずっと憧れていて。中学になったら勇気を出して好きだって告白しようって決めていたら、内藤さん、同じ中学にはいなくて、どのクラスも全部探してまわったんですが、内藤さんがいなかったんです。どうして小学校を卒業するときに告白しなかったんだろうって落ち込みました。そして僕の初恋は終わりました』

『私も平田くんのこと、ずっと好きでした。平田くんは、ほら、幼なじみのミカちゃんっていましたよね。あの女の子のことをずっと好きなんだと思ってました。一緒に学校帰ってたし、私なんて全然間に入るスキなんてないなあってずっと思ってました』

気がつくと、雪は車の窓のところまで積もり始めていました。そして平田くんの車のエンジンも止まってしまいました。

車の中は真っ暗で外は雪で真っ白な世界です。音は何にもしません。

私たちは一瞬『死』を考えました。

平田くんが『東京のおみやげで会社の人にシャンパンを買ってきたんです。身体が温まるからこれ二人で飲みましょうか』と言いました。

『そんな。新潟でこのシャンパンを待っている人がいるんですよね?』

『この雪で僕たち助かると思いますか? 僕、エンジンが止まった時から、もうたぶんダメなんじゃないかなって気がついていて。たぶん最後の最後に神様が初恋の内藤さんに会わせてくれたんだってわかったんです。あの中学の全部のクラスを回って、内藤さんの姿を探していた僕に「内藤さんにやっと会えたぞ」って教えてあげたい気持ちです』

『平田くん、そのシャンパン飲みましょうか』

二人で狭い車内でシャンパンを開けて『再会を祝して!』と言いながら乾杯しました。

雪は降り続けていました。

そして車内はまるで冷蔵庫のような寒さになってきました。

二人とも「抱き合えば少しは温まるのに」って考えているのが何も言っていないのに伝わりました。

『寒いですね』と平田くんが言いました。

私も『寒いですね』と言いました。

平田くんが私の方に近づいてきました。私はもう胸がドキドキして張り裂けそうでした。結婚してから旦那以外の男性とこんなに近づくことなんてありませんでした。

そして平田くんが『このままだと凍え死ぬから、身体くっつけた方が良いですよね』と真っ暗の中、私の耳元で言いました。

私も『はい』と言いました。

その私の言葉を合図に平田くんが私に覆い被さって来ました。

平田くんの身体はとても温かくて『平田くん温かいね』っていうと、平田くんも『内藤さんも温かいよ』といいました。

しばらくそのまま何もしないで抱き合ったままでした。

私はもう48才なのに気持ちは女子高校生みたいで抱き合っているだけでドキドキしています。

すると、後ろから突然眩しいライトが私たちを照らしつけました。除雪車でした。

平田くんが急いで私から離れて、iPhoneのライトを付けて、外に出て「オーイ!」と大声で叫びました。

そして私たちは助かりました」

「そうですか」

「林さん、あのとき、除雪車があと2時間来なかったらどうなってただろう、って、それから何度も考えるんです」

そういうと正美さんはピノ・ブランに軽く口をつけた。

#小説 #超短編小説

僕のcakesの連載をまとめた恋愛本でてます。「ワイングラスのむこう側」http://goo.gl/P2k1VA

この記事は投げ銭制です。この後、オマケでこの小説を書いた経緯をすごく短く書いています。

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