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バー・ムーン・ビーチ 誰かの夢の中

今夜は30代後半くらいの女性が来店した。肩までのボブで、アーモンド型の瞳が印象的だ。

彼女はズヴロッカで作ったウオッカ・トニックを飲みながらこんな話を始めた。

「マスター、夢って育てられるって知ってましたか?」

「そうなんですか?」

「私がまだ小さい頃、病気がちだった叔母さんが教えてくれたんです。叔母さんって言ってもあの当時はまだ40歳くらいで独身でとても綺麗な人でした」

「夢ってどんな風に育てるんですか?」

「よく見る夢ってありますよね。今まで行ったことのない場所で、知らない人たちが出てくるんだけど、何故か懐かしくて、ほっとするような夢」

「そういう夢、確かにありますね」

「ありますよね。それでね、その叔母さんが言うにはその夢の世界を本気で愛したら良いそうなんです」

「夢の世界を愛する、ですか…」

「そう、現実の世界よりもずっとずっとその夢の世界の方を愛して、そしてその世界の人たちとも本当に親しくするんです」

「そして?」

「すると、その夢が育ってくるんです。はじめは限られた場所や限られた登場人物だったのが、もっと広がりを持ち始めてその世界の人たちも私のことをちゃんと認識してくれて久しぶりにその夢を見たりすると『あれ。久しぶりねえ』なんて言ってくれるんです」

「そうなんですか…」

「その叔母さん、病気がちだったんだけど、ある日突然、いなくなっちゃったんです。私はたぶん、叔母さんは自分の夢の世界に行っちゃったんだと思うんです」

「そういうこともあるんですね」

「あのね。実は正直に言っちゃうと、マスターも、私の夢の中の人なんです。このバーもそう。私、もうあの現実の世界に戻りたくないんです」

そう言うと、彼女はお会計をすませて外に出た。

私は確かにここにいて、毎晩、多くの人にお酒を出しているのだが、実は私が彼女の夢の中の空想の中の人物だなんて。もしかしてこの世界は全てが誰かの想像している世界なのだろうか。

#小説

お酒やバーについての僕の本です。『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』 

bar bossaに行ってみたいと思ってくれている方に「bar bossaってこんなお店です」という文章を書きました。

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