さよならの国3

さよならの国に降り立った。雨はあがり、僕がいた世界と何も変わらない、普通の街並みがあった。

僕は雨で濡れた身体をどこかで暖めなくてはと思い、店を探していると『カフェ・ソリテュード』という看板が目に入った。カフェは一人でくつろぐ場所という意味だろうか、それとも孤独な人のための場所という意味だろうか、とにかく入ってみることにした。

店は思っていたよりも狭く、椅子はなくカウンターのみで、10人くらい入ればいっぱいだろうか、中に50歳くらいの男性が働いていた。

「温かいコーヒーをください」とその男性に声をかけると、

「かしこまりました」と顔をあげた。そしてその男性は8年前にいなくなった父さんだった。

「父さん」と僕が声をかけると、父さんも気がつき

「さとるか。大きくなったな」と言った。

しばらく何も言葉が出てこなかったのだけど、コーヒーをひとくち飲むと落ち着いて話せるような気がしてきた。

「父さん、どうしていなくなったの?」

父さんは洗い物をしていた手を止め、少し考えてこう話し始めた。

「さとるは父さんが何度も仕事を変えてたのは知ってるか? 

父さんな、あんまり仕事が出来ないんだ。不器用でいいものも作れないし、人見知りだから営業も向いてない。全くダメな大人なんだ」

「そんなはずないよ。父さんは何でも知っていたし、力も強いし、みんなに優しい良い父さんだったじゃない」

「息子のおまえにはそう見えていたのかもしれないな。父さんが誰か友達をうちに連れてきたことってなかっただろ。父さん、友達も全然いないし、口べただし、世渡りなんてうまくできないんだ。新しい職場にいってもみんなとうまくやっていけない。大人になったさとるがもし父さんと同じ職場なら、きっとさとるも父さんのことをダメな男だなと思ったはずだ」

「そんな… でも母さんは父さんのことを好きなんだろ。夫婦なんだろ。一緒に家に帰ろうよ」

「ごめんな。こういうことを言うと傷つくかもしれないが、母さんはもうとっくに父さんに愛想をつかしてたんだ。そういうのって子供はわからないかもな」

「でも、僕は父さんが好きだよ」

「ありがとうな。父さん、本当に弱い人間なんだ。海に飛び込んで死のうと思ったんだけど死ぬのも怖くて、それで目の前にあった船に乗り込んだらここに来たんだ」

僕はコーヒーを飲み干し、こう言った。

「ここの仕事は父さんには向いてるの?」

「ここはな、人とは一度しか会わなくて良いんだ。一度会ったらそれでお別れなんだ。何度も会って話をしなくていい。何度も会って親しくならなくていい。父さんがコーヒーを出して、お金をいただいて、その人がお店を出たら、それでもうその人とは会わなくていい。とても父さんに向いているんだ」

「父さん、僕がこのさよならの国をしばらく回ったら、最後にまたこの店に寄るよ。そして、もう一回、一緒に家に帰るように説得する」

「さとる、この国では人は一度しか会えないんだ。さとるがこの店を出たら、もう父さんとさとるは二度と出会えない」

「父さん」

「お代はいいよ。ダメだった父さんからの最初で最後のおごりをさせてくれ。こんな風じゃなくて、いつか一緒にカウンターで並んで飲んでおごりたかったけどな」

そして僕は店を後にした。カフェ・ソリテュードは父さんの孤独だったんだ。

#小説 

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この記事は投げ銭制です。この後、オマケでこの話を書いた経緯をすごく短く書いています。

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さよならの国3

林伸次

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林伸次

さよならの国

小説です