もう流さない恋の涙

先日、明美さんがbar bossaに来店してこんな話を始めた。

「林さん、うち、娘が17歳なんです。で、この間、娘の部屋をついうっかり開けてしまったら、娘がiPhone見ながらポロポロ涙を流してたんです。

もちろん急いでドアは閉めたんですけど。付き合っている男の子いるみたいだったから、たぶんなんかあったんだろうなあって。

そして私、その夜、お風呂から出て鏡を見ていたら、疲れきったおばさんがいて、私もう恋で泣いたりなんてしないんだろうなあって思ったんです」

「まあ明美さん、旦那さんとも仲が良いし、もう恋なんてないですよね」

「林さん、恋で泣いたことってありますか?」

「失恋はもちろん何度もしていますよ。確か、泣いたんじゃないですかねえ」

「もちろん失恋では泣きますよ。私も若い頃に付き合ってた人に突然『別れてほしい』って言われて、駅の改札の前でずっと泣いてしまったことあります。通り過ぎる人みんなが見てるんですけど、もう涙が止まらないんですよね。

でも、私の方が好きすぎて泣くときってあるんです。わかりますか?

ああ、彼、全然私のことなんて好きじゃないんだって気がつくときってあるんです。

そしてもう私の方が好きすぎて好きすぎて、どうしてこんなに私の方ばっかりが好きなんだろうって思うと切なくて涙が出てくるんです」

「ああ、なんとなくわかります。会いたくて会えないときの切なさのような感覚もそうですよね」

「ええ。もう私だけが一方的に会いたくて、会いたいって言ってるのに、全然会えなくて。どうして私ばっかり会いたいって思ってるんだろうって思うと切なくなってきて涙が出てくるんです」

「なるほど。お互いが同じくらい大好きで同じくらい会いたい気持ちだったらそんなに切なくはならないけど、一方的にバランスが悪いと苦しいんですね。

そう言われると失恋も同じですね。一方的に好きで、それで相手は全然思ってくれていなかったんだって気づいたときに涙がこぼれてくるんですよね」

「ええ。どうして私こんなに好きなのに好きなのにって思うと、切なくて涙が出てくるんです。

でも、もうそんな恋の涙なんてこれからは流さないんだろうな私、ってこの間気がついたんです」

「好きすぎて流す恋の涙ですか」

「はい。もう流せない涙もあるんですね。この世界には」

そういうと明美さんは白い花の香りのするヴィオニエに軽く口を近づけた。

#小説 #超短編小説

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林伸次

超短編恋愛小説