八方美人力

中学生の時、学校の廊下である女子生徒から「林は八方美人だから」って突然、言われました。

実はお恥ずかしながら、当時の僕は「八方美人」という言葉の意味を知らず、その言われた瞬間には何のリアクションも出来ませんでした。

そして教室に戻って急いで辞書で調べてみると「いろんな人に対して良い顔をする人」とあり、「そうかあ、彼女は僕のことをおもいっきり罵ったんだ」とやっと気がつきました。

ところであなたは、誰かに面と向かって罵られたことはありますか?

身体的な特徴とか生まれとか性格とか、いろんなことを罵られる可能性はありますが、僕は実はその時まで誰かに否定されるような言葉を投げかけられたことがありませんでした。

だからかどうか、彼女が僕のことを否定しているというのは辞書を見て、頭では理解したのですが、「もしかして彼女は良い意味で八方美人という言葉を使ったのかもしれない」と自分の中で何度も言い聞かせました。

たぶん、そうしないと、持ちこたえられなかったんだと今では思います。

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ところで僕のバーテンダーという仕事はとにかく「八方美人」であることを要求されます。

「客商売とはそういうものだ」と言ってしまえばそれまでなのですが、「みんなに良い顔をする」のが基本です。

もちろんお客さまも大人なので「林さん、調子良いなあ」と感じながらも、「みんなに良い顔をする僕」を眺めて、笑っているはずです。

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そしてこの仕事を始めてからすぐに気がついたことがありまして、「人はすぐに派閥を作る」というものです。

出版業界、音楽業界、飲食業界、どんな業界でもとにかくいろんな派閥が存在します。

そして、明らかに対立しているような派閥があったとしても、そのジャンルをよく知らない部外者の僕にとっては「どうしてその二つの派閥がいがみあっているのか全然理解できない、というか二つはどっちかと言えば協力しあえばそのジャンルがより大きくなるチャンスなんじゃないの?」って感じることばかりなんです。

でもそのジャンルの中にいる当の本人達にとってみれば「ええ!? すごく違うじゃない。とにかくあの人たちとは一緒にして欲しくない」って感じているというパターンがほとんどです。

最初は僕も「どうやって対応したらいいのかな?」と悩むことがよくあったのですが、途中からは「八方美人でいこう」と決めました。

もちろんこういう仕事なので、いろんな人から「あそことあそこは結構仲悪いんだよ」と教えてもらうこともあるので、そういう情報は聞いておきますが、基本的には「知らないフリ」ということにしています。

すると僕がそういうスタンスでいるからか、本来は対立しているはずの人たちがbar bossaで偶然一緒になると、「どうも」なんて感じで親しく会話をすることもあります。

あるいは「○○さんが来てるんですけど、ちょっと紹介しても良いですか?」なんてことを言って、間を繋げたりすることもあります。

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「派閥」ってやっぱり作りたくなるんでしょうね。

「敵」が出来て、こっちからこっちは「仲間」って感じると、僕たちはどういうわけか「心地よい」んでしょう。

そしてそんな時こそ「八方美人力」が必要とされるんだと思います。

ああ、やっぱり中学の時のあの彼女は、僕に「八方美人」って言ったのは、良い意味で言ったのかも知れませんね。

※bar bossaは本日から通常営業です。1月は結構ヒマにしておりますので、是非お待ちしております。

#コラム


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