私小説5

朝、起きると、まずお湯をわかしてコーヒーをいれた。コーヒーの入れ方は大学1年生の時にバイトをした喫茶店で教えてもらったとおり、冷蔵庫で保存してあるコーヒー豆を挽いて、紙のドリップでゆっくりといれた。

コーヒーの用意をしながら同時に冷凍庫でカチコチに凍らせてある分厚めに切った食パンにたっぷりとバターをぬり、その上に砂糖を敷き詰めた。

この凍った食パンにバターをぬって砂糖を敷き詰めて焼くトーストは、小さい頃、近所の年上のお兄さんに教えてもらった。小さい頃、それを家で作ろうとすると、母がとても嫌がった。しかしいつか大人になったら、あのトーストをこころゆくまで食べようと思い、その願いがかなったというわけだ。

そして砂糖とバターがしっかりと溶けて、きつね色になったトーストにかぶりつき、苦いコーヒーで流し込んだ。

机もテレビもない、ベッドと小さなオーディオだけの部屋は、東京の僕の小さなお城だった。

なぜか当時の僕は「いつでも旅に出られるようにしよう」と決めていて、荷物は出来るだけ少なくしようと思った。服は最低最小限に、食器は無印良品で買ったパスタも入る大きくて深いお皿とコーヒーカップだけ。大きいお鍋とやかん。後は銭湯に行くときのお風呂セットだけだった。

 ※

先日までバイトで働いていた西新宿の中古レコード店の話をしよう。

そのお店はビルの5階にある小さなレコード店だった。オーナーは年間のほとんどを海外に買い付けに出かけ、僕はそのオーナーがいない間の店番を任された。

そのレコード店はジャズと映画音楽とクラシックの室内音楽とワールドミュージックを扱うお店で、オーナーが海外で買い付けた段ボール箱が1ヶ月に2、3回、届いた。

その段ボール箱にはオーナーが「2500円」「1800円」という風にマジックで書いてあり、僕はその箱からレコードを出し、綺麗にして「2500円」という値札をつけて、レコード棚に出した。

そしてそのレコード棚の分類がそのお店は面白かった。

ジャンル分けというものが嫌いなオーナーが、「自分が客だったらこういう並べ方が一番嬉しい」という理由から「年代別」という分け方になっていた。

例えば「1964」というコーナーがあれば、そこには『ゲッツ/ジルベルト』や『シェルブールの雨傘』が放り込まれているというわけだ。

そういう棚の理由から、僕の仕事は「そのアルバムがいつ発表されたかを調べる」というのも大きな役割だった。

レコードのレーベルやジャケットに「Ⓟ1964」とクレジットされていればとても楽なのだが、3割くらいのレコードにはそんなクレジットはなかった。たぶん世界の3割の人たちが、そのレコードがいつ発表されようが大して気にしていないのだ。

しかし僕はどのコーナーに入れるのかというのも仕事だったので、調べてもわからない時はお客さんに質問することにした。

当時の西新宿は中古レコード店がたくさん集まっていて、そのレコード店の店員が休憩時間中に僕が働くお店によく来店していた。

そして彼らに「音楽にはビートルズ軸とマイルス・デイヴィス軸というのが存在する」ということを教えてもらった。

ビートルズの全部のアルバムの年代と曲を覚えること、マイルスの全部のアルバムの年代とコンセプトと参加ミュージシャンを覚えること、これで音楽の大体の流れはつかめるということだった。

そして確かにビートルズとマイルスの全部のアルバムを頭に入れると、音楽の流れはわかるようになったし、他にもクインシー・ジョーンズ軸やスティービー・ワンダー軸なんかも見えてくるようになった。

そんなレコード店での経験があったせいか、いつの間にか僕は古い音楽しか聞けなくなっていた。

#小説

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この記事は投げ銭制です。この後、オマケで僕のちょっとした個人的なことをすごく短く書いています(大したこと書いてません)。今日は「なんか忙しすぎて」です。

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