ジェントル・レイン

#小説 #超短編小説

「ねえ、雨だから出て行くのは明日にすれば?」

「絶対に今日のうちに出て行く。だってこのままこの部屋で寝てしまって、明日起きたら出て行くきっかけがなくなってしまうもの」

「でも、こんなに雨が降っているのに、荷物、全部持って行くの?」

「出たところですぐにタクシー拾うから大丈夫。だって私の物を何か残してしまったら、また取りに来なきゃいけなくなるじゃない」

「わざわざ取りに来なくてもいいよ。メールしてくれたら、後で僕が宅急便で送るから」

「ごめん。私、別れてしまったらメールとかも一切しないタイプなの。別れてからお友達になって時々会う人たちって信じられない」

「まあそういうのわかるけど」

「ミケは私が連れていくね」

「ええ?! それはミケがかわいそうだよ。もう13才なんだし、今、住むところが変わったら精神的にまいっちゃって、早く死んだりするんじゃないかなあ。ミケは僕が面倒見るよ」

「ええ?! だってミケは私が飼うって決めたんだし、ミケだってあなたより私のことの方が好きじゃない。ねええ、ミケもこんな人と二人で住みたくないよねえ」

「ニャー」

「ほら、ミケも私と一緒にこの家を出たいって言ってるよ」

「そんなことないって、猫は人じゃなくて家に住み着くんだから、かわいそうだって。もう年なんだし、今の好きな家でいさせようよ。僕が仕事に行ってる昼の間に、たまにミケと遊びにくればいいじゃない」

すると彼女がミケを抱きしめて泣きはじめた。

「ニャー」

「ほら、ミケも行かないでって言ってるよ。外は雨なんだし、もう寒いよ。僕がコーヒーいれるから。冷蔵庫にハーゲンダッツも残ってたよ。一緒に食べようよ」

「あ、あのハーゲンダッツ、私のだから」

「今、ハーゲンダッツ持って出ると、途中で溶けちゃうよ。食べていけば」

「だって私、今もう出ていくって決めたのに」

「外も雨だし。ミケもいてほしがってるし。ハーゲンダッツもあるし。コーヒーもいれるから」

「雨とミケとハーゲンダッツとコーヒーはわかったけど、あなたの気持ちはどうなの?」

「僕の気持ち? 僕はもちろん君にずっといてほしいって思っているよ」

「じゃあ、雨とミケとハーゲンダッツとコーヒーのせいで、今回は許してあげる」

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この記事は投げ銭制です。この後、オマケでこの話を書こうと考えた経緯をすごく短く書いています。

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