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バーでお客様がスマホで写真を撮るたびに思うこと

この文章は、KIRINとnoteで開催するコラボ特集の寄稿作品として、主催者の依頼により書いたものです。

僕渋谷でワインバーを25年間経営しているのですが、先日、外国人のお客様が来店しまして、「ボトルでフルボディの赤ワインがほしい」と注文されたので、何本か持っていって、「こちらがカベルネソーヴィニヨンで6600円で、こちらが」って説明していると、その方たちが「ふふふ」って笑うんです。理由はわかりますか? すごく安いからなんです。僕たちが外国のすごく物価が安いところに行って、食事をしてお腹いっぱいになって二人でお会計が1000円とかって言われたら、「安ー!」って笑ってしまうことってありますよね。あれと同じなんです。ほんと日本、安くなりましたよね。まあでも安くなったからこそ、いろんなお客様との出会いが増えました。

コロナ後、外国人のお客様すごく増えたんですね。先日は東南アジアの方だろうなあっていう若いカップルが来店しまして、「ドライな白ワインをボトルで」って注文してくれたので、何本か持っていくと、ロワールのソーヴィニヨン・ブランを選んでくれました。うち、イングリッシュメニューを用意してないのですが、おつまみの日本語メニューを今はみなさんスマホで撮影して、それぞれの国の言語に翻訳したのをご覧になるんです。ほんと世界って便利になりましたよね。生ハムとナッツを注文されて、僕がワインを注ぎにいくと、「今かかっているのは誰?」って質問されたので、「このレコードです」ってジャケットを持っていくと、お若いからレコードがたぶんすごく珍しくて、二人でワーって目を輝かせて驚いてくれて、「写真撮ってもいい?」ってスマホで撮影されるんです。

すごく楽しんでくれていて、お会計の時に「彼女とハネムーンで日本に来ているんだ。良いバーだね」って仰るんです。ええ!? ハネムーン中の夜のバーでよくうちを選んでくれたなあって驚きました。だってもっと絶対に外さないホテルのラウンジみたいなシックなバーとかの方を選んだ方が無難ですよね。ハネムーン中ですよ。

彼らの記憶の中で僕のバーで飲んだ時間、飲んだワインの味、周りの日本人の笑って飲んでいるお客様の雰囲気、僕と少しだけした会話や何もかもが残りますよね。二人に子どもができて子どもに「ハネムーンは日本に行ったんだよね」って言いながら、スマホで撮った写真を見せて、「このバーでレコードがかかってて、ジャケットを見せてもらったんだよね」って話してくれますよね。外国に行ったときのそういう思い出のお店ってあるじゃないですか。今そういう彼らの思い出の1ページになってるなあって、お客様がスマホを出してうちのお店の何かを撮影しているのを見るたびに思うんです。

でももちろんそれは外国のお客様だけではありません。日本のお客様もデートとか久しぶりにあった友人たちとゆっくりワインでもとか、いろんな目的で僕のバーの扉を開けてくれて、彼らの思い出の1ページになっています。

4人とか5人とかで同窓会の帰りみたいな人たちが飲んで、お会計の後で、「マスター、写真撮ってもらっていいですか」ってスマホを渡されるじゃないですか。彼らの思い出が僕のお店の風景と一緒に閉じ込められるんです。10年とか20年とか経ってから、「bar bossaっていう渋谷のバーで飲んだんだけどね」とか言ってくれるじゃないですか。

お店をやって良かったなあって思うのって、こういう風にいろんな人に出会えること、いろんな人の思い出になれることなんですね。世の中にこんなにたくさんお店ってあるのに、どういうご縁なのか僕のお店に来てくれて、お酒を飲んで良い気持ちになってくれるって奇跡的なことだと思うんです。

人生の喜びっていろいろあるとは思うのですが、僕は、「誰かと出会えること」っていうのが一番だと思うんです。僕らの人生を決めているほとんどのことは、誰かと出会って道が決まることじゃないですか。あの時にあの人と出会ったから今の自分がありますよね。

僕のバーでもカウンターで隣同士の人が出会うことってあります。先日は、それで転職を決めた方もいました。もちろん仕事や企画が始まることもありますし、一生の友人を得ることもあります。バーってそういう出会いが大きいところなんです。

あなたがこれを読んでいる今夜も、誰かが遠いところから僕のバーを目指して重い扉を開けてくれて、新しい出会いが始まっているんですね。そしてみなさんが、グラスを重ねて、饒舌になって、笑って、誰かと出会って、自分の家に帰っていきます。

人間って死ぬときに「走馬灯」っていうのを見るらしいじゃないですか。その時に見るのって、お金とか成果とか地位とかじゃなくて、誰か親しい人が笑っている顔だと思うんです。誰かと笑った思い出だと思うんです。あなたも今夜、そんなどこかのバーへ、美味しいお酒を飲みに行きませんか?



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渋谷 bar bossa 林伸次


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