さよならの国2

港につくとすぐに船はわかった。

船は黒くて大きく、鉄で出来たクジラを思わせた。タラップを上がり甲板に立った。甲板はとても広くてテニスコートが二つは入りそうだった。そして甲板には誰もいなかった。僕はベンチに座り月のない夜空を見上げた。耳をすますと、船底の方からゴウゴウというエンジンの音が聞こえてきた。

気がつくと船は海の上をすべり始めていた。夜の海は静かで、船が海を切り裂くザザッザザッという音だけがあたりに響いた。

僕は船のへりの方まで歩いた。そして頭をつきだして、さっきまで僕がいた世界を眺めてみた。真っ暗な海の中に黒い陸といくつか小さな明かりが見えた。あの明かりの中で人が生活をしているんだと想像すると温かい気持ちになった。マスターはもうお店を閉めてしまっただろうかと僕は思った。

やがて僕がいた世界の小さな明かりは見えなくなり、いよいよ全てが暗い闇になった。

時々、水を切る音しかしない本物の暗闇の中でいると、自分が本当に存在するのかどうか不安になってきた。

暗闇に向かって試しに何かを言ってみようと思ったのだけど、何を言っていいのか思いつかなかった。

そうだ。誰かを呼んでみようと思ったのだけど、誰の名前を呼べばいいのかも思いつかなかった。

そして僕は「さよなら」とつぶやいてみた。僕の「さよなら」は小さすぎてあっという間に闇に吸い込まれてしまった。

するとその僕の声に答えるかのようにぽつりぽつりと雨が降り始めた。

10月の雨はそんなに冷たくはなかったので、僕はそのまま甲板で雨を受け止めることにした。

真っ暗な海にも雨は降り注いだ。

僕はもし雨に生まれたら、海に降り注ぐのと誰か人を濡らせるのとどちらが幸せなんだろうと考えてみたのだけど、どちらが幸せなのかわからなかった。

暗い海と僕に雨は降り続けた。

そして前方に陸が見えてきた。さよならの国だ。

#小説 #さよならの国

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この記事は投げ銭制です。この後、オマケでこの小説を書いた経緯をすごく短く書いています。

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