これが最後かもしれないと思うこと

浩子さんがbar bossaに来店してこんな話を始めた。

「林さん、今、すごく好きな人がいて、たまにデートもしているんですけど、彼、絶対にいつか私のところから去っていくだろうなって今からわかっているんです」

「どうしてですか?」

「なんとなく最初から私とつりあってないんです。違う世界の人間というか、小さい頃はヨーロッパでいたから外国人とも普通にやりとり出来るし、会社をいくつか持ってて私にはわからないようなことをたくさんやっているし、背も高くてハンサムで、どうして私と会ってくれているのかもわかんないんです」

「あの、すごく失礼なんですけど、夜以外のお昼デートとかもしてます?」

「はい。彼の車に乗っていろんなところに行ってます。いわゆるセフレかどうかって心配してくれているんですよね。そういうことではないと思います。

でも正直に言うと『付き合おうか』とは言ってくれてないんです。私はもちろんそんなこと確認できなくて。だってそんなこと言うと、今の関係が壊れるかもしれないじゃないですか。

それで私、いつも覚悟していて、『今日会えるのが最後かもしれない』って思いながら会うことにしているんです。

彼と桜の花の下を歩けるのは最後かもしれないなあ。だって来年の春は、絶対に違う女性と花見をしているはずだし、とか

彼のコート姿を見るのも今日が最後かもしれないなあ、今度の秋が来るまで私と一緒にいてくれるわけないもんなあ、とか

ああ、こうやって優しくキスをしながら髪の毛を触ってくれるのも今日が最後かもしれない、とか考えながら会っているんです」

「切ないですね」

「彼、私の誕生日を訊ねてくれないんです。だから私も彼の誕生日が聞けなくて」

「先に聞いちゃえば良いじゃないですか。彼も同じことを悩んでいるかもしれないですよ」

「そんなことは絶対にないです。うっかり彼の誕生日を聞いてしまったとするじゃないですか。それが来週だったりするとすごく気まずいですよね」

「気まずいですか?」

「ええ。だって、教えてくれなかったということは、私と誕生日をすごす気持ちは全くなかったってことだし、他に何人か誕生日をすごす候補の女性がいるのかもしれないじゃないですか」

「なるほど」

「私、今のままですごく幸せなんです。彼から【おはよう】ってLINEが来るだけですごく幸せなんです。そしてこの【おはよう】がもしかして最後の【おはよう】かもしれないってずっと心の中で覚悟しながら私からも【おはよう】って返しているんです」

そういうと浩子さんはアルザスのクレマンをそっと飲んだ。

#小説 #超短編小説

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