西崎憲さんに「才能」について聞きました 後編

おニャン子クラブに曲を書き、翻訳家の道を歩み始めた西崎さん、その後はどうなったのでしょうか。(11月21日渋谷HMV&BOOKS) 前編はこちらです。→ https://note.mu/bar_bossa/n/n1a0455d5ef37

西崎さんとインターネット

林 インターネットの話もしたいのですが、西崎さん、インターネットの力って大きいですよね。

西崎 はい。ツイッターは大きいですね。日本翻訳大賞もツイッターから始まりだしたからね。

林 そうなんですか?

西崎 うん。翻訳の賞があれば良いなって思ってたら、米光一成さんが「やりましょう」ってリアクションしてくれて。他にも文章の依頼とかもツイッターから来るし。

林 西崎さん、ツイッター向いてますよね。(西崎さんのツイッター→ https://twitter.com/ken_nishizaki ) 

西崎 うん。5分くらいで流れていくんだけどね。でもあれが良いんだよね。何かを構築するというよりも、流れていってしまう断片的なのが良いのかもしれない。FBはあのスカした感じがあまり好きじゃない。

林 うーん、そうですよねえ。インターネットの話ですが、西崎さん、悪口って書かれてます?

西崎 書かれてます。2ちゃんとか。

林 え、西崎さん、2ちゃん見るんですか? 2ちゃんに行って、「西崎憲」って検索するんですか?

西崎 そう。

林 うわー!

西崎 色々、言われてます。

林 何を言われてるんですか?

西崎 これは2ちゃんじゃないんだけど、「この翻訳は反吐が出る」って言われた。

林 それはつらいですね。

西崎 でも翻訳ってそうなんだよね。とくにヴァージニア・ウルフって「私がヴァージニア・ウルフ」って思う人が多いんですよ。「私は宮沢賢治だ」とかと同じで、だから自分の感覚と違うものがくるとたぶん疎外された感じがして、この西崎憲の訳は反吐が出るとか言うんだと思う。まあ、しょうがないね。翻訳者って言いわけできないんだ。

林 なるほど。ムーミンのことを書いたら、ムーミン信者から叩かれるのと同じですね。それは仕方ないですね。他に何かインターネットでイヤなことってありますか?

西崎 これも翻訳なんだけど、ちくま文庫で「眺めのいい部屋」を出したんですよ。その3ヶ月後にある掲示板にある人が書き込んだんです。「あれは私が半年前にちくまに編集部にもちこんだ企画だ。それを言わないで出している編集部は何を考えているんだ」って。しかも「自分のやった訳を参考にしているようだ」って。

林 え?

西崎 原文が同じだから似ちゃう(笑)でもインターネットの恐ろしいのが「あの人、アレだったよね」っていうのが評判だけで、ちゃんと見てないのに印象が定着しちゃう。それがとても恐かった。そしたら、さっきの藤原義也さんが、その掲示板に書いてくれた。

林 ああ、良かったあ。インターネットって味方がいると助かるんですよね。味方が色々とフォローしてくれたりするとすごく助かるんです。

芥川賞がほしい西崎さん

林 あと聞きたいことがありまして、西崎さん「芥川賞がほしい」って一度ツイートしてましたが。

西崎 ははははは。芥川賞、ほしい。

林 でも芥川賞って芥川賞受けする作品しかならないし、出版社の政治が色々とあるんですよね。

西崎 芥川賞の政治ってまあみんなが考えているような政治ではないんだけどね。

林 そうなんですか?

西崎 芥川賞自体は文藝春秋の元編集長とかそういう人たちが他社のものとかも積極的にピックアップしてるから、そこではそういう政治はないと思う。「若い子を世に出したい」とか「話題性のある人を出したい」とかそれぞれ関係している人の思惑みたいなものはあるかもしれないけど。

林 あと芥川賞受けしそうな作品っていうのがありますよね。

西崎 実はおれの書いた。「日本のランチあるいは田舎の魔女」も芥川賞候補の候補ということで検討されたらしい。

林 あ、そうなんですか。あれ、すごく面白かったです。(会場に向かって)是非、読んで欲しいんですけど、架空の飲食店が出てくるんですね。で、僕、飲食店を経営しているんで、変な飲食店が出てくると「そんなのありえない」ってイヤになっちゃって読めなくなるんです。でもそれがなくてすごく飲食店の描写が面白いんです。(こちらで読めます→ https://goo.gl/veUF7p )

西崎 それで「日本のランチあるいは田舎の魔女」がだめだったという理由も聞かせてもらって「説明できないことがあるからだめだ」って言われた。

林 え? どういうことですか?

西崎 物理的に説明できないことがあるからだめだって。

林 え? ファンタジーだからダメってことですか? 芥川賞ってファンタジーはダメなんですか? これってみんな知ってるんですか?

西崎 みんな知ってると思いますよ。リアリズムだけなんですね。

林 あれ? でも円城塔さんは?

西崎 うーん。あれはとても巧妙なんだ。現実とか空想とか以前に、フィクションってなに? って問いかけてくる。円城塔さんは芥川賞においてコロンブスの卵みたいなことをしたと思う。ファンタジー的なものを直接描くんではなく、ファンタジーの描き方を描いたというか、そこに説得されたんだと思う。

林 あれは説得力があったんですね。

西崎 うん。だからそういうのが出来なくもないんだけど、難しいかな。出版社から依頼をもらうんだけど、なんとなく言外に「不思議なことが起こらないように」って指示があるような時もある。おれに何しろっていうんだと思いますよ。でも鍛えられて、一応リアリズムも書けるようになりました。編集者に鍛えられたおかげです。

林 あ、編集者にしょっちゅう言われるんですね。

西崎 しょっちゅうは言われないんだけどね、なんとなくそういうバイアスがかかった依頼もある。

200年後に残っている作品は

林 さて、芥川賞について聞きたかった理由がありまして、自分の作品って死んだ後もすごく残りたいと思いますよね。

西崎 うん。まあ文学史に残ればいいかなとは思うけど。

林 僕、この残るか残らないかっていうのをよく考えてまして。例えば昭和のいろんな小説ってあったと思うのですが、ほとんど今読まれてないし、ほとんど残らないですよね。例えば村上春樹の『ノルウェイの森』が500年後に残っているかっていうと、僕は残っていないと思うんですね。村上春樹、他の作品はいくつか残ると思うんですが、『ノルウェイの森』は残らないと思うんです。そういうことってどう思いますか?

西崎 うーん、今の話でね、村上さんの作品が残るかどうかはわからないんだけど、500年はちょっと歴史としてさかのぼりすぎるんで、200年前にすると、200年前の小説が残っているのってみんなファンタスティックなものなんですよ。

林 おおお。

西崎 幻想文学とか怖い話。あそこに幽霊が出てきたとかそんな話。それ以外のその頃の書簡体小説で、女中と主人の愛とかをリアリズムで書いたものとか実際は当時は読まれてたの。でも今、実際、アメリカとかイギリスで読まれている古いのはヴィクトリアのゴースト・ストーリーとかなんだ。それを考えるとファンタジー的なものの方が残るのかなって思う。

林 なるほど。

西崎 それで、誰も誉めてくれないんだけど、『開閉式』っていう短い怪談というかホラーを書いたんだけど、それは向こうのゴーストストーリーの本に入ってもおかしくないなって思う。ゴーストストーリーのマニアには受けるかなって。

林 なるほど。ファンタジーの方が残るしずっと受けるんですね。

西崎 指輪物語とかね。

海外で自分の作品が紹介されること

林 僕の友人で、インディーズの音楽を売っている人で、「日本には50人しか買う人がいないけど、こういう音楽は必ずイギリスにも好きで買う人が50人はいて、アメリカには70人はいて、って感じで、全世界にそういう音楽が好きな人は1000人はいるはずだから、そういう人に届ける方法を模索したい」って言ってる人がいるんですね。そういうことってどう思いますか?

西崎 うん。ギターポップっていうフォーマットも全世界中に好きな人が必ずいて、スペインでもブラジルでも韓国でもベトナムでも必ずこういうギターポップを演奏している人がいるから、それを繋げてシーンを作るっていうのは良いと思う。

林 小説はどうですか?

西崎 うん。今、『たべるのがおそい』っていう文芸誌をやっているんだけど、公募をしていて、いろんな作品を送ってもらっているのね。でもやっぱり商業誌だからあまりに突飛なものは載せられないわけ。でもそういうものも拾えるような、わけわかんないような作品も拾えるような電子書籍の出版社を今、作ろうとしています。

林 『たべるのがおそい』は中国語や英語で翻訳をされて、どこかインターネット上で読めるようにしたいとは思いませんか?

西崎 海外のどこかのサイトで紹介を見た気がする。あと、自分の短い話をロシア語で訳されたことはある。

林 自分の文章が翻訳されると嬉しいですよね。

西崎 読めないんだけどね。

林 でも、この自分が読めない文章を向こうで多くの人が読んでいるっていうのが、嬉しいですよね。

西崎さんと林の溝のスミスについて

林 西崎さん、スミス、好きですか?

西崎 すごく好き。

林 ああ、やっぱり。僕、スミスがわからないんです。

西崎 えー、メロディちゃんとあるし、歌詞もすごく良いよ。

林 歌詞、良いらしいですよね。僕、大学に入って「ロッキング・オンが好きな人が集まる音楽サークル」に入ったんですね。ロッキング・オンにも書いている人もいて。そこでもちろんみんなスミスが好きで、僕、一生懸命聞いたんですが、わからなかったんですよねえ。

西崎 え? 真似もできるよ(モリッシーの歌まねをする)。

林 ああ、西崎さんと僕の大きな溝はスミスを好きかそうでないかですね。

西崎 ロックが好きじゃないんじゃないの。

林 そうなのかもですね。

西崎 他は何がダメなの?

林 僕、プログレがわからないです。ストラヴィンスキーもわからないです。

西崎 クラシックはサティとか好きなの? ドビュッシーとか。

林 クラシックはそうですね。ラヴェルとかドビュッシーとかブラームスとかわかりやすいのが好きです。女の子が好きなのが好きです。

西崎 女の子になりたいって言ってなかったっけ?

林 言ってないです。女の子でスミスが好きって僕はまだ聞いたことないです(たぶんいるとは思うのですが)。

西崎 そうかあ。男の子っぽいのが好きじゃないんだ。

西崎さんがモテることについて

林 そこで、恋愛の話って西崎さん好きじゃないのは知ってるけど、しても良いですか?

西崎 うん。まあ良いですよ。答えるかどうかわからないけど。

林 一回、bar bossaで西崎さんと穂村弘さんがイベントをしてくれて、その時に参加してくれた人たち何十人とその後、飲み会に参加したんですね。そしたら西崎さんが女の子にモテるということに気がついて、それがショックで。

西崎 ええ、それはショックなのか? それがショックなのがショックだけど。

林 僕、全然モテないんですね。で、モテない人間としてモテたいから表現者になるというひとつのジャンルがあると思うんですね。でも西崎さん、モテる側の人だったんだって気づいて、さらに穂村弘さんもそっち側だったんだってわかって。まあ穂村弘さんは薄々そうだなってわかってたんですけど。

西崎 うんうん。

林 みんな男の子っぽいんですよね。西崎さんも「みんなこっち来いよ!」って感じなんです。「みんなこっちこっち!」ってやってて。僕それ出来ないんですよ。それを西崎さん、普通にやってて、「ああ、これはモテるわ」って気づいて…

西崎 (爆笑)まあやるね。

林 ああいう場所で大きい声で「みんなこっちこっち!」って言える男性ってモテるんです。

西崎 意識して言ってないけどね。

林 ええ、モテる人は意識して言ってないんです。自然と言えるんです。で、スイスカメラの4曲目なんですけど、西崎さんがすごく男の子っぽいんです。で、ああ、そっち側の人だったんだって思って。僕はそっち側じゃないんです。モテなくてウジウジしている側の人間なんです。(スイスカメラはこちらです→ https://goo.gl/l269It ) 

西崎 まあもてたとしてもそんな言わないし。まあでも「男女一緒にやろう」っていう意識は強いかな。

自分のうちの中にある表現したい何かってあるのか

林 あと聞きたかったことが、「うちから出てくるもの、何か表現したいもの問題」ってありますよね。それはありますか? よく酔っぱらったら面倒くさい人たちが話題にすることですが。西崎さんの中にありますか?

西崎 (しばらく考えて)まあ自分もそういう言葉をよく使ったりするのですが、「あるかな」って思う。

例えばある作家とある作家の作品で好き嫌いがあるって不思議じゃないですか?

林 それはしょっちゅう考えます。なんでこれが好きで、これが好きじゃないんだろうっていうのは思います。

西崎 だからそこを考えていくと、書いている人が自分のことを出そうとしていないと心を揺り動かされないような気がしてくるんです。

小説ってそれこそ何でもできるんだけど、自分がまったく棚上げされているとか、表面的な欲求しか感じられない文章がつづいていると、だんだん読んでいて気持ちが離れちゃう。それだけでは訴えてこないんです。訴えてくるのは書き手である自分の奧にある何かが文章の技術とうまく噛み合った時かなあ。

自分の小説の中でちょっと使わせてもらったのですが、ベンヤミンの文章で、「ベルリンの街で迷路みたいな区画があって自分が毎回迷ってしまう。でもその近くに友達が住んだ。そしたらその友達の家が灯台のようになっていつも僕を導いてくれた」こういうのに自分は痺れちゃう。

林 ああ、僕も今、痺れました。

西崎 これ岩井俊二さんが言ってたんだけど、おもしろいものを作るっていうのはそこまでは難しくない。例えば水面に石を投げればみんな見る。みんなが見るってことは指示性が機能している。こうやって指を差したらみんな見るんです。こうやって顔を向けたらみんな見るんです。そういう指示性の強いのはある程度人の目を引きますよね。でも、本当に好きになったりするっていうのはさっき言ったような友達が住むようになってその家が灯台になって僕は迷わなくなった、それですよね。

林 なるほど。今日の一番いいところでしたね。そういうのを書きたい。

飲食店が好きな話

西崎 本とCDの話、行きますか?

林 どうしましょうか?

西崎 じゃあ僕が言いますね。林さんの『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない』で一番感動したのはここですね。「結婚したらどうですか?」「そろそろ独立ですね」ー誰かの人生を変えるようなことをカウンター越しに言えるのがバーテンダー。とてもやりがいのある仕事です。ここが一番心に残った。 (その本はこちらです→ https://goo.gl/oACxGp )

bar bossa に行くと結構言ってるよね。「結婚しちゃえば」とか。(笑)

林 言います。西崎さんにも言いました。

西崎 まあこういうのって良いと思うんです。おれはすごく飲食店好きなんです。駅の中のファーストフードもすごく好きだし、空港とかもすごく好きだし、なんかその「どっかに行く途中」っていうのがすごく好き。バーの止まり木も好き。

辻占っていう言葉があるんだけど、なんかで迷ったとき、例えば「自分は恋人と別れるかどうか」っていうのが決められないとき、道とか橋に立って、そこを色んな人が通り過ぎるんだけど、そこで何気なく耳に入ってくることを占いの言葉として聞く。バーのカウンターもそんな感じだと思う。

林 西崎さん、飲食店のことをよく書くので、ああ飲食店が好きなんだなあって思ってて。

西崎 やっぱり充足感があるじゃないですか。食べるものもあるし、店員さんの何気ないひとことが良かったら、その日、一日気分が良いじゃないですか。それって人生においてすごく大きいことのような気がするんです。

林 楽しく食べたり飲んだりするって良いですよね。というようなことがこの本には書いてあります(笑)。あと、これバーのBGMとしてのCDなのですが。(そのCDはこちらです→ https://goo.gl/9QJywf )

西崎 無茶苦茶ロマンチックですね。ありえないくらいロマンチック。モリッシーも好きですが、これ(僕のCD)も好きです。

林 え? 本当ですか?

西崎 もちろん。

林 吉祥寺のカフェ・モイの岩間さんが「林さんは僕より大さじ一杯分ウエットでロマンチックだ」って書いてくれて、大丈夫かなって思ってまして。

西崎 めちゃくちゃロマンチックですよね。

渋谷系とフリッパーズギターのこと

林 僕もスイスカメラの話をしていいですか? スイスカメラは渋谷系で良いんですよね。

西崎 ギターポップの変形かな。

林 いや、というのは、西崎さんに一番最初に「どんな音楽をされてるんですか?」って聞いたら、「渋谷系です」って答えてたんで。

西崎 (笑)渋谷系的です。結構好きです。

林 渋谷系って出てきたときどうでしたか?

西崎 渋谷系はねえ、嫉妬の連続でしたね。フリッパーズ・ギターとかこんなすごいことしやがって、おれはこんなところでくすぶっているのにって。ははははは。

林 なるほど。73年に音楽やりたくて出てきたら、渋谷系は嫉妬の対象になるんですね。

西崎 主にフリッパーズ・ギターね。やっぱりお洒落コンプレックスあるのかな。お洒落になれない。どこからどう見てもお洒落な人はいますから。

林 あれって東京なんですよね。僕も当時、バンドとかやってて、サークルで「英語でやっててロンドンで話題になっているのがいる」って話題になって、急いで買いに行って、聞いて、「うわ、こんな人たちがいるんだ」って思ってすごくイヤな気持ちになりました。バンドとかやめるきっかけになりました。

西崎 あれはすごかったよね。

林 はい。何よりもすごかったです。ちなみに西崎さん、ベン・ワットみたいなソロ・アルバムを作ったら良いと思います。

撮影 筒井奈々

#対談 #インタビュー

飲食店って本当に面白いなあって感じの本を出しました。『バーのマスターは「おかわり」をすすめない 飲食店経営がいつだってこんなに楽しい理由』 https://goo.gl/oACxGp

僕が選曲したCDです。Happiness Played In The Bar -バーで聴く幸せ- compiled by bar bossa → https://goo.gl/tOKcGu

iTunesでも配信しています。→ https://goo.gl/9QJywf

bar bossaに行ってみたいと思ってくれている方に「bar bossaってこんなお店です」という文章を書きました。→ https://note.mu/bar_bossa/n/n1fd988c2dfeb

この記事は投げ銭制です。この後、オマケで僕のちょっとした個人的なことをすごく短く書いています(大したこと書いてません)。今日は「昨日の渋らくのシークレットゲストは鶴瓶だったらしい」です。

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