魔法のクレヨン

私がまだ小さい頃、病院のベッドで瀕死の母がクレヨンを見せてこう言った。 

「もしあなたに困ったことがあったら、このクレヨンで絵を描きなさい。そしたらその絵があなたを助けてくれるから」 

私は「じゃあ今から魔法使いの絵を描いてお母さんの癌を治してもらう」と言って絵を描き始めた。 

しかし、その絵が完成する前に母は息を引き取ってしまった。

お葬式の日は一日中お花を描き続けたので、母が眠っている部屋はお花でいっぱいになった。

小さい頃はまさかクレヨンに限りがあるなんて気がつかなかったので、私はちょっと困ったことがあると簡単に母のクレヨンを使った。

遠足の日にはテルテル坊主を、学校に遅刻しそうな時は遅れた時計を、という風に私は様々な絵を描き困難を乗り越えてきた。

20才くらいになると大切な時だけに使おうと思ったのだけど、恋愛のことはもちろん、友人とのトラブルやバイトの悩みなんかにも母のクレヨンを使ってしまった。

そんなわけで結婚して娘が生まれた頃には、後もう一回描く分しかクレヨンは残っていなかった。

この一回だけのクレヨンは本当に本当に大切な瞬間に使おう、と私は心に決めていた。

そして私は母と同じように癌にかかり、病院であとわずかな命となった。

娘はまだ小さい。

私は今こそ最後のクレヨンを使うときだと思った。

娘が私を心配そうに見ている。

私は母のクレヨンで、娘のために魔法のクレヨンを描き始めた。

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