ヒアズ・ザット・レイニーデイ

※小説 ※超短編小説

今日で彼の3周忌。

あーあ、どうしてあの人、死んじゃったんだろう。結婚式もハネムーンもすごく楽しかったのに。あの日、あの事故さえなければ。「お爺さん、お婆さんになっても手をつないで歩こうね」っていうのが口癖だったのに。

でも不思議だな。私、ついに涙が出なくなっちゃった。だってすごく泣いたもんなあ。一生分の涙、使い果たしちゃったのかな。あ、彼のお義母さんからメールが来てる。

【としこさん

こんにちは。敏夫の3周忌ですね。さっきあなたの家の方に電話したら、お墓参りに出たって聞いたので、メールをします。

としこさんの敏夫への思いは親としてすごく嬉しいのですが、そろそろとしこさん自身の幸せを考えてください。まだ若いんですから、新しい出会いがたくさんありますよ。敏夫もたぶんそれを願っていると思います。本当に幸せになって下さいね。】

お義母さん、やさしいなあ。そうかあ。私もいつまでもお墓参りに来るわけにもいかないもんな。あ、お線香に火をつけなきゃ。あ、雨だ。どうしてこんな日に雨なんて降るんだろう。私、傘持ってきてないし。

「あの、としこさんですよね」

「はい」

「僕、わかりますか? 佐野さんの会社の後輩の田口です」

「ああ、こんにちは。あれ? 佐野のお墓参りに来てくれたんですか?」

「はい。会社を代表して。あの、もし良ければ僕の傘の中に入りませんか?」

「あ、じゃあお言葉に甘えて失礼します。あの日曜日のこんな朝早くに、佐野のためにどうもありがとうございます」

「いえいえ。あの、でもちょっとラッキーだったなって思ってます」

「え?」

「あの、としこさんとお会いできて。佐野さんにもずっと言ってたんですけど、僕、としこさんのこと、すごく好きなタイプなんです。佐野さんと飲みに行くといつも『としこさん綺麗ですよねえ。俺、好みです』ってばかり言ってて」

「え? そうだったんですか? そんなこと佐野、ひとことも言ってませんでしたけど」

「あ、そうですか。僕たちの間では定番ネタと言いますか、『先輩より先に出会いたかったです』っていつも言ってて。あ、すいません。不謹慎ですよね。佐野さんの3周忌なのに」

「いえ。全然、大丈夫ですよ。あの人、逆にそういうの楽しんでくれそうですよね」

「はい。僕もそう思います。たぶん、今、佐野さんが天国でこの二人のシーンを見てたら『俺が再会させてやったんだぞ。うまくこのチャンスを利用しろ』って言ってそうです」

「ははは。確かにそういうこと言いそうですね」

「あの、もしよければとしこさん、今日、何も予定がなければ僕とこの後デートしてもらえませんか?」

「え… でも、雨が降ってきてますし…」

「僕、車で来てるんです。もし良ければ車で雨の東京をドライブしませんか? 佐野さんからデートはいつも二人で吉祥寺や浅草や代官山に行ってたって話、よく聞かされてました。すごく変ですけど、二人がデートをしていた東京の街を一日かけて車で回ってみませんか? そしてそんな二人の思い出も、今日の雨があらい流してくれると思うんです」

「え、ええ」

「やった。じゃあ佐野さん、すいません。としこさんお預かりいたします。たぶん佐野さんのことだから天国で笑ってくれてますよね」

そして私と田口くんは車に乗り込んで、雨の東京を走り始めた。

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この記事は投げ銭制です。この後、オマケでこの話を書いた経緯をすごく短く書いています。

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