ある戦友

bar bossa開店当初、夕方、毎日お店の前を通る、美しい女性に気が付いた。

身長はたぶん170弱くらいなのだけど、いつもハイヒールを履いているのでかなり高く見えた。

髪の毛は真っ黒で顔はとても小さく唇が少しぷっくりしていて、そこにいつも濃い赤の口紅をつけていたので不思議な色気があった。

そして、彼女は痩せているのに胸は大きくて、いつも胸元を強調させた服を着ていて、ある時「そうかクラブかどこかで働いていて、これから出勤途中でこの道を通っているんだ」と気が付いた。

その頃、おそらく彼女は20代前半だったのではと思う。それから毎日毎日、お店の前を通る彼女を見続けた。

そして真夜中に男と帰ってくる彼女もよく見かけた。

彼女と同い年くらいのかっこいい男といる時もあれば、60歳くらいの脂ぎった男といる時もあった。

そして私は彼女をまるで戦友のように感じていた。

bar bossa開店当初、私がお店でひどいことを言われたり、お金のために我慢して頭を下げたりしていた日々の頃、美しい彼女が夕方、彼女の戦闘服を身につけ、ハイヒールをコツコツいわせ、この汚い渋谷の裏道を歩いているのを見て、よし自分も今夜がんばろうと思えた。

そんな風に美しい彼女が出勤していくのを見守る日々が数年は続いた。相変わらず彼女は夕方は戦闘態勢でピンとした背筋で歩いていたし、夜は若い男や中年男と帰ってきた。

そして彼女はいつの間にか見かけなくなっていた。

たぶん港区かどこかのもっといいところに引っ越したのか、あるいは良い人がみつかって結婚したのかもと思った。

 ※

そしてそんなこともすっかり忘れていた先日のこと、彼女が全く同じような姿で夕方、有楽町を歩いているのを見つけた。

本当にタイムスリップしたのかと思うほど、彼女は相変わらず真っ黒な髪の毛に濃い赤色の口紅をつけ、胸元を強調した服を着て、ハイヒールで有楽町を歩いていた。

あれから20年近くたっているから、もう40代になっているはずで、確かにそのくらいのようには見えたが、それよりも気になったのは相変わらずの彼女の美しさだった。

いや、彼女は20代の頃よりももっともっと美しくなっていた。

たぶん銀座かどこかではとても有名な女性なんだろう、私なんかが簡単には入れないようなお店で多くのお金持ちの男達と毎晩お酒を酌み交わしているんだろう。

そしてこれからもさらに彼女は美しくなっていくのだろう、そして多くの男を魅了していくんだろうと思った。

たぶん彼女とこれからもう街中ですれ違うことはないと思う。

しかしお互いこの東京で、沈むことなくこのお酒を出す商売を続けてこれたことを心の戦友として祝いたくなってしまった。

そしてたぶん、今夜も多くの男が酒を飲みながら彼女のことを「良い女だなあ」と思って眺めていることだろう。

#コラム

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bar bossaに行ってみたいと思ってくれている方に「bar bossaってこんなお店です」という文章を書きました。→ https://note.mu/bar_bossa/n/n1fd988c2dfeb

この記事は投げ銭制です。この後、オマケで僕のちょっとした個人的なことをすごく短く書いています(大したこと書いてません)。今日は「業者さんの金額」です。

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