作家がエッセイでお酒について書くのをチェックする話

僕は職業柄、本の中にお酒が登場すると、どういう風に飲まれているのか、銘柄は何なのか、金額はいくらなのか、そのお酒を飲んでいる人はアルコールが強いのか、等々、ついつい真剣にチェックしてしまいます。

そしてそのお酒は小説の中の小道具としてのお酒や、池波正太郎や太田和彦のような「お酒を飲むスタイル」を語っているのよりも、軽いエッセイで「ついついお酒について喋ってしまった」という感じの表現をチェックの対象とします。

例えばうろ覚えなのですが、沢木耕太郎が「酒は安ければ安いほど良いと思っている」というようなことを書いていたことがありました。

お酒に対してそういう風に感じている人が世の中にはたくさんいますよね。「お酒は味わうものではなくて、酔っぱらうためのものだ」という風に考えているのでしょう。

先日、ある床屋さんで、女性の理容師さんに髪を切ってもらっていたら職業を聞かれたので、「ワインバーでバーテンやってます」と答えたところ、「私、ワインの味ってわからないんですけど、ドンペリとかロマネコンティって本当に美味しいんですか? あれ、高いのをわかっているフリをしてるんじゃないですか?」と聞かれました。

こういう質問って困るんですよね。「美味しい」って感じるのって学習しなきゃいけないという面もあるんです。普段はウーロンハイしか飲まなければ、突然高級なワインを飲んでも「美味しい」と感じないんです。

そこで沢木耕太郎に戻るのですが、たぶんその文章を書いた後で何度も美味しいお酒は飲んでいるはずですし、彼のその後のエッセイを読んでいると、よくバーには行ってるようです。今でも「一番安い酒」をバーで好んで飲んでいるのかなあと気になるところです。

そういう風にお酒って「値段や場の空気」というのも関係してくるから面白いんです。

先日、池上彰と森達也の対談を読んでいたときのことでした。

森達也が池上彰に初めてカイロで会ったとき、咽がカラカラでどうしてもビールが飲みたかったのだけど、観光客向けの高級レストランでは食事をしたくなく、現地の大衆食堂で食事をしたいのだけど、イスラム圏のカイロで大衆食堂でビールを出しているところなんてめったになく、店を探して歩き回ったとありました。

仕事の後に高級レストランでビールって美味しくないと感じる人なんでしょうね。そういう価値観もすごくわかります。「そんな状況にぴったりの酒場を探して歩き回る」っていう作業、僕もすごく好きなのでわかります。

あと、職業柄、「あ、この方はアルコールは飲まないんだ」っていうのはどうしてもチェックしてしまいます。

バーテンとして、何度か来店されたお客様に「確かアルコールは飲まれないんですよね」とメニューを出すときにさりげなく言うと、本人も「あ、そうなんです」と安心してリアクションしてくれるし、ご一緒の方も「ホッ」とした表情を見せてくれるからです。

身辺雑記みたいなエッセイをよく書く方で、全くお酒が登場しなくて、お菓子やコーヒーがよく出てくると「あ、飲まれない方なんだなあ」と推測します。

例えば詩人の場合は、飲む方はよく作品の中にお酒が重要アイテムとして登場するのですが、谷川俊太郎の文章には本当にお酒が出てこないなあとずっと気になっていました。

すると谷川俊太郎が三好達治との思い出について書いた文章で「酒のおつきあいをできぬぼくは」とあったのを発見して「ああ、谷川俊太郎は飲まない方なんだ」と知りました。

                ※

村上春樹がエッセイでお酒についてよく書いているのですが、同じような飲食店をやっていたので、「わかるなあ」としょっちゅう思います。

例えば確か自宅ではスミノフ(ウオッカです)をオン・ザ・ロックでレモンをたくさん絞り入れて飲むということを書いていたのですが、この「スミノフ」という銘柄に「だよなあ」と思います。

スミノフはどこにでも売ってる普通の安いウオッカなんです。もう少し安いウオッカもあるのですが、そこまで落としてしまうと美味しくないし、お客様に出すときはもうちょっと上のランクのウオッカにすべきなのですが、「まあ自分が自宅で飲むにはこれかな」って感じの銘柄なんです。

さらに、このスミノフはどこにでも必ずあるので、シンガポールやアルゼンチンのバーに行っても、スミノフのオン・ザ・ロッックにレモンを搾り入れたものは普通に注文できます。自宅でリラックスして飲むのと全く同じものを海外で普通に飲めるって実は大切です。

あと村上春樹が確かイタリアの田舎ですごく美味しいワインを安く見つけてケースで買い求めたというエピソードを書いていたことがありました。

これも「わかるなあ」ってすぐに思いました。

完全な想像なのですが、日本で買ったら3~4000円くらいのワインが、1000円弱くらいで見つかったんだと思います。ヨーロッパの田舎ではそういうことがたまにある、という話をワイン好きからよく聞きます。

それで「あ、これはケースで買っておこう」ってついつい思っちゃったんだと想像します。

これ、おそらく飲食店を経営した経験があるからだと思うんです。普通のワイン好きの作家なら、わざわざケースで買わなくても、その時々にヨーロッパや東京の店頭で面白そうなワインを試すのを好むと思います。運ぶのも大変ですし。

でも、ついつい「仕入れ」の気持ちで買っちゃうんです。これはお店をやっている方は飲食店に限らずみんな「わかるなあ」だと思います。

あ、noteなのに2000字超えてしまいました。こういう話ってホント終わりません。またいつか続きを。

#コラム

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