別れて欲しいと言われた話

髪の毛の長い、ちょっと気の強そうな女性が来店した。彼女は、ブルゴーニュのマールを注文して、こんな話を始めた。

「彼が『他に好きな人が出来たから別れてほしい』って言ったんです。私たち、もう3年つきあっているんですけど、なんか最近、彼、ちょっと素っ気ないなあとは気づいてたんです。

デートとか彼の家で泊まったりとかはあったんですけど、彼、義務的にこなしているだけだなあとは思ってました。

それで私も取り乱したりするのはカッコ悪いし、でも、『あ、そう。じゃあ別れましょう』なんて言うと、彼もホッとして胸をなで下ろすだけだっていうのもわかってたから、ちょっとイジメてやろうと思ったんです。

『へえ。ダイスケ、好きな人が出来たんだ。どんな人? 可愛い人?』

『まあ可愛いけど』

『私とその人とどっちが可愛い? ダイスケ、よく私のこと可愛いって言ってたじゃない』

『どっちって。うーん、麻里とはちょっとタイプが違うかな』

『その人、私より若い?』

『若いけど、でも年齢なんて関係ないよ』

『年齢なんて関係ないんだ。その人とはもう何回かデートしたの?』

『食事には何回か行ったけど。でも麻里も他の男性とよく食事には行ってるよね』

『その人には私のことは言ったの? もしかしてもうすぐ別れるからちょっと待ってて、とかって言った?』

『もうすいません。参りました。別れるから待っててって言いました。もう麻里が想像している通りです』

『もしかしてダイスケ、私が「絶対に別れないから!」とか言って、泣き出したりはしないっていうのもわかってるんでしょ』

『本当にごめんなさい』

『じゃあ別れてあげるから、ひとつだけ最後のお願い聞いてくれる?』

『うん。いいよ。どんなこと?』

『新しいダイスケの彼女に1回だけメールをしたいの』」

僕が「新しい彼女にメールですか。すごい展開ですね」と言うと、彼女が「こんな文面なんです」と見せてくれた。

【初めまして。

私が以前、ダイスケと付き合っていた女です。ダイスケ、私がこう言うのも変ですが、優しくて良い男ですよね。

最初は私が良いなあって思って近づいたのですが、それを感づいてくれて、ダイスケから私を食事に誘ってくれました。もうすごく嬉しくて、女友達みんなに「デートに誘われた!」ってメールしたのを覚えています。

ちゃんと付き合い始めるのに色々とありました。もしかして私と同じような前の女と別れるのに戸惑ったのかも知れません。

ダイスケ、あ、ごめんなさい、もうあなたの彼だから田中さんですよね。田中さんが、「仕事が忙しいから会えない」って言うときはしつこく追求しない方が良いようです。私はそれで何回も喧嘩しちゃいました。もしかしてそれで心が私から離れたのかもしれません。

田中さんのお父さんとお母さん、九州の人ならではの温かくて良い人たちですよ。私も一度会ったときに、悩んだりしないですぐに結婚すれば良かったって今となっては後悔しています。

長文でごめんなさい。最後に先輩からアドバイスです。田中さん、すごくモテます。そして優しいので女の押しに弱いです。たぶんこれからもそういうあなたみたいな女、出てくると思うので気をつけて下さいね】

「このメール、田中さんは本当に新しい彼女に転送したと思いますか?」

「正直者で優しくて、おひとよしだから、たぶん転送してると思いますよ」

そういうと彼女はブルゴーニュのマールを一口で飲み干した。

#小説 #超短編小説

サポートしたいと思ってくれた方、『結局、人の悩みは人間関係』を買っていただいた方が嬉しいです。それはもう持ってる、という方、お友達にプレゼントとかいかがでしょうか。