確実に失恋する話

先日、佐々木さんという男性が来店してこんな話を始めた。

「美咲、僕のことを『なんでも話せる仲の良い男友達』だとずっと思ってるんです。

もちろん僕は彼女のことがずっと大好きで、いつかこの気持ちを告白しなきゃなとは思っているのですが、それもどうかなって思うんです」

「どうしてですか?」

「だって、もし僕が『好きです』って言ってしまったら、そこで男と女の関係になってしまうし、そうなってしまうと彼女、『ごめん。佐々木くんのことはそういう風には思えない』って言って、もう僕と会わなくなるかもしれないですよね。僕としては友達としてでも良いから、美咲に会えるんならそれで満足なんです」

「本当に友達として会うのでも満足なんですか?」

「正直に言うと、実はかなり苦しい瞬間もあります。例えば美咲に好きな男が出来ると、彼女一番最初に僕のところにメールしてくるんです。こんな風に。

『佐々木くん 私、今日ついに出会っちゃった! もうたぶん運命の人だと思う。すごい私の好みのタイプだし、その人もたぶん私に気がありそうなの。今度、どうやったらその人が私に落ちるか作戦会議しよう!』

もちろん、美咲は僕に男だったらどう感じるかっていう意見を求めて、僕に連絡してくるんです」

「それはつらいですね」

「はい。で、美咲と会って、居酒屋で飲みながら話を聞いていると『実はもうデートしたんだけどさあ、帰りにすぐにキスしてきたんだよね。舌を入れてくるし、胸まで触ってきて。ちょっと私、軽く見られてると思う?』なんて話をするんです。

で、僕が『その時のデートはどんなお店だったの?』って聞くと、

『四ッ谷から少し離れたところにあるベトナム料理屋さんだったんだけど、すごく美味しくて、その後に行ったバーも、え、こんなところにこんな可愛いバーがあるの? って感じなの。ねえ彼って、やっぱり遊び慣れてるのかなあ』

『うーん、それでキスしてきて胸を触ってくるんだ。それは美咲、完全に遊ばれているね』

『え、そうかなあ。でもほら、私の唇って魅力的だって佐々木くんもこの間言ってたじゃない。ついつい男を引き付けてしまうんだなあ、これが』

『うん、美咲の唇はすごく魅力的だよ』

『そうかあ。ふふふ。でさあ、今度は温泉に行こうって言われてるんだよね。温泉ってお泊まりじゃない。私、正直言って抱かれても良いかなって思ってるんだけど、やっぱり早すぎかなあ』

『抱かれたいと思ってるなら、早すぎでも良いんじゃない。でもたぶんまた後で泣くことになると思うけど』

『今度こそは運命の人のような気がするから大丈夫。じゃあ上手く行ったら報告するね。ところで佐々木くんが片思いしている女の子とはどうなったの? うまく告白できた? それともやっと彼女、佐々木くんの気持ちに気づいてくれた?』

『全然、伝えられてないし、いつまでたっても彼女は僕の気持ちには気づきそうにないよ』

『そうかあ。佐々木くん、良い男なのにね。なんでその女、気がつかないんだろうね。そうだ。その女と私と佐々木くんで今度3人で飲まない? 私が彼女の気持ちをさぐってあげるよ』

『それは無理だよ』

『ええ! どうして? あ、その女が私と佐々木くんの仲を誤解すると思っているんでしょ。大丈夫だって。私と佐々木くんはお互いに何でも話し合える友達だっていうのは私がその女に説明するから。だから3人で一緒に飲もうよ』

『美咲の気持ちはありがたいけど、世界がひっくりかえっても3人で飲むのは無理かな』

『世界がひっくりかえってもなの? 変なの。じゃあ私、終電だからそろそろ帰るわ』

『うん。じゃあまた連絡して』

『彼のセックスがすごく良かったら、また詳しく説明するから』

『それはもう良いかな。結構、そういう話を聞くのって苦しくて』

『ええ! 佐々木くんいつから下ネタ嫌いになったの? まあいいや。じゃあね!』」

僕は彼に3杯目のソーヴィニヨン・ブランを出しながらこう答えた。

「そうですか。それは苦しいですね」

「はい。もう苦しすぎるから、好きだって言ってしまおうかなって実は思ってて…」

「僕もそれが良いと思いますよ」

「林さん、じゃあ次回、必ず告白します。そして確実に失恋するから、その後、飲みに来ますね」

「男の失恋の後の酒って良いものですよ。気持ちを伝えられないでウジウジしながら飲む酒なんかよりよっぽど美味しいです。バーテンダーの僕が保証します」

その僕の言葉を聞くと、「じゃあ、来週の僕の失恋に乾杯!」と言って、ソーヴィニヨン・ブランをぐっと飲み干した。

#小説 #超短編小説

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