バンド仲間との恋

紀子さんがbar bossaに来店してこんな話を始めた。

「私、学生の頃からバンドでボーカルをやってたんです。彼がギターで曲を作って、私が歌詞を作って、下北沢で二人で同棲して、二人で下北沢の居酒屋でバイトしながら活動してました。

ドラムやベースのメンバーもずっと学生の頃から同じでした。

インディーズからですけどCDも2枚出して、評論家からも評判は良かったんです。

でも、ボーカルの私のルックスが良くないし、他のメンバーもパッとしないし、どうもメジャーに行けるような雰囲気じゃなかったんです。

ルックスに関してはバンドを作った時から「良くない」ってわかっていて、私はブスだけどでもそこが「等身大の女の子の気持ちを歌っている」っていう感じでいきたかったんです。

私が32で彼が30の時にメジャーから話がありました。でも条件はボーカルとベースとドラムを変えることでした。要するに彼の作曲と演奏能力だけが買われたんです。

メンバーみんなで話し合いました。そのバンドは彼の才能に支えられてるってみんなわかってたし、みんなで下北沢の安い居酒屋で「よーし、タケシ、俺たちの分も頑張れ! ずっと応援するよ」って言って、乾杯してバンドは解散しました。

メジャーに移ってからのタケシのバンドは有名なプロデューサーがついて、アレンジもしっかりとねられて、ベースとドラムもカッコ良くてすごく上手い人たちが入ってきました。ああ、お金や経験がある大人たちがバンドを作るとこうなるんだって感心しました。

そしてボーカルの女の子がアイドルみたいに可愛くて、すごく歌も上手かったんです。

バンドはアッと言う間に有名になりました。ドラマの主題歌やCMなんかにドンドン使われました。

コンビニで買い物をしていると、普通にそのバンドの曲が流れてくるじゃないですか。

その曲、私が昔、タケシと出会った時のことを書いた歌詞なんです。

でもそれを可愛くて歌の上手い女が歌っていて、すごく不思議な気分になりました。

私はタケシに「結婚しよう」って言いたかったのですが、もうそんなことを言えるような雰囲気じゃなくなってしまって、もう毎日取材やパーティで忙しいみたいで、全然生活が変わってしまったんです。

新しいアルバムからはもちろんその新しいボーカルの女性か歌詞を作ることになりました。

その出来た曲を聞いてみたら、その歌詞、確実にギターのタケシにあてた恋の歌詞なんです。

私が彼に「これ、タケシに向かって歌ってるんだね。あの子、タケシのことすごく好きなんだね」って言ってみたんです。

そしたらタケシ「そんなことないよ。紀子、考えすぎだよ」って言うんです。

そして、この新しいアルバムでたくさん取材を受けて雑誌やラジオにたくさん出演してたんですけど、一度ラジオでパーソナリティが「ヒトミちゃん、今度のアルバムの歌詞はギターのタケシへの恋の思いなんじゃないの?」って質問したんです。

そしたらその子、「バレちゃいましたか。でも私、片思いでも良いんです」って言ってしまって、その後はネットで大騒ぎになっちゃったんです。

もちろんタケシがインディーズ時代があって、私と一緒にバンドをやっていたのはファンの間では有名ですから、私の顔の写真が何枚もネットでアップされました。

ほとんどは「このブスのオバサンがヒトミちゃんの恋を邪魔している!」みたいな批判ばかりでした。私がタケシの金を使ってブランド品ばかり買ってるなんて書き込みもたくさんありました。そうなんです。私、完全に悪者で、みんながそのヒトミって子の応援をするっていう図式になってたんです。

ああ、タケシ、完全に彼女の策略にハメられたんだなあってやっと気がつきました。

ネットでは相変わらず「ヒトミ頑張れ!」って書き込みが多くて、ヒトミは「片思いの女の子の気持ちを代弁する歌手」という存在になりました。

ニューアルバムの全国ツアーの間はずっと心配でした。ずっと旅行先で二人で行動していると情も移ってきますよね。

ツアーが終わって、何でもない顔でタケシが帰ってきました。

でも、その日からタケシの色んな行動が変わってしまったんです。

しょっちゅう携帯電話を持って、家を飛び出して、外で何か話しているし、「新しいプロジェクトの練習だから」って言って、夜中にギターを持って出て、朝まで帰ってこないこともありました。携帯電話のメールも隠すようになりました。もう終わりなんだなあって覚悟しました。

              ※

それからしばらくして、タケシが「今度、面白いバンドが出るイベントがあるから、一緒に見に行こうか」って言って、下北の小さいライブハウスに行きました。

最初はDJが入って会場がちょっとあたたまってきた頃、聞き覚えのある懐かしいサウンドが流れ始めました。ステージを見ると昔の私たちのバンドのベースとドラムが演奏しています。

隣にいたタケシに「あれ!」って言おうと思ったら、いつの間にかタケシがいなくなってます。

ハッと気づいたらタケシがステージでギターを弾いていました。あの昔のバンドの頃の懐かしいギターのリフがライブハウスに鳴り響きました。

インディーズ時代のバンドの演奏が始まったんです。

私、何にも言えなくて立ちすくしていたら、タケシが「ボーカル、早くステージに上がれよ」って言いました。ドラムとベースの二人も「紀子、遅いぞ。何してるんだ」って言って笑っています。

そしたら客席の人たちもほとんどインディーズ時代のお客さんで、後ろを振り返って私を見て、「紀子さん、早く」って言ってくれています。

私、恐る恐る、ステージに上がりました。

マイクを持って小さい声で「あの、私で良いの?」って言いました。

客席からは「紀子さん、頑張れ~!」って歓声が上がりました。

1曲目はインディーズ時代に一番ファンの間で人気があった曲でした。もちろん私が歌詞を書いたので、全部歌いきりました。

そして曲が終わって、タケシがマイクに向かってこう言いました。

「俺、あのヒトミって女とのバンドやめてきました。またみんなとインディーズでやるわ。ボーカル、紀子の方がやっぱり良いんだよね。みんな応援してください。今日はありがとう。そして紀子、お願いがあります。俺と結婚してください」

それで私、震える声で「はい。結婚しましょう」って答えました。

するとタケシが「やった~、紀子の結婚のOKをもらったぞ~!」って叫ぶと、その声にあわせて次の曲が始まりました。

私とタケシが学生時代、一番最初に作った曲でした。その時まだ二人はキスもしていなかったのを思い出しました」

紀子さんはそう言うと、「林さん、やっぱりロッカーはこれですよね。タケシがこのお酒大好きなんです」と言うと、ジャック・ダニエルズのオン・ザ・ロックに口をつけた。

※このシリーズ、誰かマンガにしてください。

僕のcakesの連載をまとめた恋愛本でてます。「ワイングラスのむこう側」http://goo.gl/P2k1VA

#小説 #超短編小説

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林伸次

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