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おかとくのお母さん

昨年の冬、東京都墨田区へ引っ越した。
明日から新年度、桜も咲き始め、あっという間に3か月が過ぎた。
下町人情、この街はあたたかい。

引っ越し初日の晩御飯はもんじゃ焼きを食べた。

月曜日、丸一日有給をとり午前中に引っ越し、
午後は役所手続きを済ませた。

墨田区役所へ向かう途中、えんじ色の暖簾がかけられた小さなもんじゃ焼き屋「おかとく」さんを見つけた。お店は15時から21時まで営業しているらしい。

夜ごはんを食べるにはまだ早い時間だったので、
予約ができるか確認した。
鉄板が4台と数が限られており、並んでくれたお客さんを待たせてしまうのも悪いから予約は基本的には断っているとお母さんが申し訳なさそうに話してくれた。

お昼ごはんを食べたばかりであまりお腹はすいていなかったため
もう少し時間が経ったころに伺うことにした。
一度家へ帰り、片づけを進め、お腹がすいてきたので「おかとく」へ向かった。

お店へ入ると閉店まであと1時間ちょっとのタイミングだった。
月曜日だからかお客さんは少なく食べ終わるころには自分たちだけだった。

店内を見渡すとレトロなメニュー表があり、ラムネが130円の安さで驚いた。もんじゃ焼きも1番高いメニューで明太子もんじゃの550円だ。

いくつかもんじゃ焼きを頼み、つついて食べている横でおかとくのお母さんが隣の鉄板の片づけをはじめながら声をかけてくれた。

「この辺に住んでいるの?」

ちょうど今日引っ越してきたことを伝えた。

「あら、そうですか。もんじゃ焼きは食べたことある?昔は下町の子供たちのおやつだったのよ。だからお店も15時からやってるの。」とお店のことを話してくれた。

お店は創業65年。氷屋に嫁ぎ、24歳の頃にもんじゃ焼き屋さんを始めたという。もんじゃは近所の駄菓子屋さんに教わったらしい。

まだ冷凍庫がなく、会社にも自販機などが置いていない時代。
アサヒビールの社員さんたちが大きな氷を買いに来て麦茶をかけてみんなで飲むなどして休憩時間を過ごしていた話なども教えてくれた。

今年の2月で89歳を迎えたお母さん。
引っ越し初日に温かく迎えてくださり、「おかとく」のお店の雰囲気とお母さんのファンになり週1回(多いときは週2-3回)のペースで会いに行くようになっていた。

子どもの頃に通っていたお客さんが大きくなり自分の子供を連れておかとくのお母さんに会いにくる様子を何度も見た。
みんなお母さんに会いに来ているんだなと思った。

最近は海外のお客さんや地元以外のお客さんも増え土日は常にお店が満員状態で息子さんが手伝っている。

おかとくでは基本的にフリースタイルだ。
焼くのも、飲み物を冷蔵庫から取り出すのも自分たち。忙しくて大変そうなときには自分たちが頼むメニューも紙に書いてお願いする。食べ終わったお皿や飲み物の缶や瓶もできるだけ片付けが楽になるように端に寄せるなど、みんなが協力的だ。

店内には「おかとくを長く続けてもらいたい委員会」からのお願いが書かれた紙がラミネートで貼られている。

一度はお店をたたもうとしたお母さん。周りのお客さんから続けてほしいと熱望があって数年前から再開したようだ。お母さんは、お店に立って体を動かしていたほうが体も心も元気だと言う。

89歳の誕生日を迎えたお母さん。

「数え年で90歳になったの。いつまでやるんだと息子に心配されたんだけどね、死ぬまでやってたいと思っちゃった。お店に生かされてるんだ。」と言いながら引っ越し初日と同じように鉄板を片付けながら話すお母さん。

おかとくは火曜・水曜日が定休日。
火曜日にお店の鉄板の掃除をするという。
水曜日にはお店に立たないと少し不安な気持ちになるという。

65年、きっといろいろな出来事があったと思う。
大変なこともあったと思う。

それでも、「お店をやっていてよかった。楽しいわよ。」と背筋を伸ばして
にこっと話すお母さんの笑顔が忘れられない。

最近では墨田区へ遊びに来た友達を案内する場所のひとつになった。
おかとくのお母さんに会ってほしいと思うからだ。

人が温かく優しい。温度の感じる街へ引っ越したことをうれしく思う。

(サムネイルは、上手に焼けるようになったあんこ巻きの写真。)

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