見出し画像

インド料理に最上級の感謝を

僕達夫婦は、旅行先での一食を必ず、インド料理にあてることにしている。長期でも短期でも、たとえそれが一泊二日しかなくて、食事の回数が三回くらいしかないとしても。

いまどきインド料理屋は、案外、全国どこででも一軒は見つかるもので、いまのところ、この誓いは破られずにいる。

妻がエスニック料理好きで、その影響から僕もインドとかタイとかベトナム料理が好きになった。特にインド料理屋は店舗数も多いから見つけやすいし、なにより美味い。

インド料理屋にはハズレがない。インド料理屋には『美味い』と『すごく美味い』店しかない。食事をする場所に迷ったら、そのへんのインド料理屋に入って、バターチキンカレーにナンをどぼんすればいい。

ただ、僕達が旅先でインド料理を食べるのは単に美味しいことだけが理由じゃない。

二、三年前だったろうか、思いつきで日帰り旅行に行った先で嫌な思いをして帰ってきた僕達夫婦を救ってくれたのが馴染みのインド料理屋だった。

その街を嫌いになり、そこに住む人を嫌いになった。道行く人がもれなく自分を敵視しているんじゃないかと思えてしかたがなく、下を向いて歩いていたら車に轢かれそうになった。金なんて絶対に落としてやるもんかと意固地になってお土産も買わなかった。

家に帰り着いても気分は晴れず、食事なんか作る気にならくて、じゃあ食べに行くかと入ったのが近所のインド料理屋だった。

別にめちゃくちゃきっちりしているわけでもなく、それでいてすごくフレンドリーというわけでもないのに、どうしてあんなに居心地が良かったんだろう。二人とも疲れ切っていて、気持ちも落ち込んでいたから、普通のことがことのほか嬉しかったのかもしれない。

美味しいものを食べると幸せになるって、あんなに実感できたのはそれまでになかった。バターチキンカレーの最初の一口を食べたとき、思わず二人で顔を見合わせた。ネガティブからポジティブへの振り幅がすごくて泣き出してしまいそうだった。

最初、同じ建物の二階にある居酒屋と迷ったけど、インドで正解。酔っ払って悪口を言いまくるよりも、お腹いっぱい食べて幸せになったほうがいい。居酒屋でサービスのチャイは出てこないし。

今までで最高の「ごちそうさま」だった。信じられないほどの幸福感に包まれて店を出た。ぎすぎすした気持ちのまま一日が終わらなくて良かった。「消滅しろ!」と思っていたあの街のことも、「消滅しなくていいよ」と思えたし。

インド料理は僕達夫婦の心を救い、一つの街を消滅から救ってくれた。だから、せめてもの恩返しに、僕達は旅行先での一食をインド料理に捧げている。



前回の投稿


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?