大阪都構想について考える ②「私、失敗するので。」〜前編

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 8年前にスタートし高視聴率をマークしていた人気医療ドラマの決めゼリフ、「私、失敗しないので。」
 視聴者は毎話、「人の命」を預かる外科医がさまざまな困難に卓越した「手技」で挑み、必ず成功裏に終わる予定調和にカタルシスを得ます。
 同じように私たちは、「住民の納めた税」を預かる行政がさまざまな課題に適切な「政策」で挑み、必ず成功裏に終わることを期待しています。
 しかし現実の行政は人気ドラマと違い、制度や政策は失敗と試行錯誤の繰り返し。絶対に失敗しない首長・議員・官僚など存在しません。
 よって私たちが制度や政策を考えるときに必要なのは、「私、失敗するので。」という前提なのです。

「分かっちゃいるけどヤメられない」

 制度や政策は時として当初思い描いたように作動せず失敗に終わります。よって制度や政策の立案においては、事前の予測はもちろんのこと、事後のモニタリングと検証を見越したものでなければなりません。そして何より、制度や政策の失敗を検知した際に「速やかな廃止・変更」が可能な仕組みが必要になります。
 しかし制度や政策は、「失敗と分かっても簡単にはヤメられない」のです。
 そのことを数学で有名な「ポリアの壺問題」を使って説明します (1) 。

 赤と白 2種類の玉が 1つずつ入った中身の見えない壺がある。① その中から玉を 1つ無作為に取り出す、② 赤玉が出たならもう 1つの赤玉を加えた 2つの玉を壺に戻す (白玉が出たなら白玉を加えた 2つを戻す)、③ 壺の中は赤 2 白 1、あるいは白 2 赤 1 のいずれかの状態になる。

ポリアの壺1

 以降この操作を繰り返し 4回行った場合の経過は以下図の通りです。

ポリアの壺2

 この操作を 4回目以降もさらに繰り返していくと以下のことが分かります (2) 。
 ・当初は赤・白が五分五分の状態からスタートし、壺の中身がその後どう変化するかは予測できない。
 ・操作を繰り返すうちに赤・白どちらかが優勢になる。またそれは早い段階で決する。
 ・一旦どちらかが優勢になると、後からそれを覆すのは困難である (3) 。

 この壺に入った赤玉を政策 A、白玉を政策 B とします。どちらの政策を選択したとしても、それが成功するか失敗するかを完全に予測するのは不可能。かといって行政は手を拱いてはおれず課題に応じた政策を打たなくてはなりません。
 上図では行政の毎年の予算調製を「玉を取り出す1回の操作」と捉え、首長の 1任期である 4年間 (4回の操作) を表現しています。そしてこの図からわかるのは、仮に首長が任期 1年目に選択した政策 A は、それがもし失敗であっても政策 B への変更は容易ではなく、4年後の任期満了時には最大 80%の確率で「失敗政策」が次に引き継がれてしまう可能性があるということです (4) 。

 なおここで、「なぜ壺から引いた玉と同じ色の玉を加えるのか?」という疑問を持たれるかと思いますが、その意味 (自己強化、ポジティブ・フィードバックと呼ばれるもの) については後編でご説明します。

アクセルではなく、ブレーキにこそ必要な一元行政

 前編ではまず、一旦選択された制度や政策は、例えそれが失敗に向かっていると分かっても廃止や変更が難しいことを示しました (5)。
 このことから、まず第一に、エビデンスに基づく制度や政策の立案を推し進めスタート前に失敗の確率を小さくしておくこと。第二に、スタート後には制度や政策の効果をモニタリングし失敗の検知を早めることが求められます。
 そして何より、制度や政策がもし失敗に向かっていると分かった時、「速やかな廃止・変更」が可能な、ブレーキをかけられる意思決定システムが必要です。またそのことは、前回述べた「二元行政の一元化の必要性」とも牽連しているのです (6) 。


【 注 釈 】

(1) ポリアの壺問題はもともとハンガリーの数学者 George Polya (1887-1985) が発表したことで知られ、英国の Brian Arthurh はこれを経済学における収穫逓増と経路依存性の論証に用いてみせた ※1-3 。本稿は Arthurh の理論枠組みをヒントにしている。
※1 Arthur, W. Brian (1988) 「Self-Reinforcing Mechanisms in Economics」The economy as an evolving complex system, 1988, Vol. 5, pp. 9-31.
※2 Arthur, W. Brian (1989) 「Competing Technologies, Increasing Returns, and Lock-In by Historical Events」The Economic Journal, 1989, Vol. 99, No. 394, pp. 116-131.
※3 Arthur, W. Brian (1994) 『Increasing returns and path dependence in the economy』University of michigan Press 有賀裕二 訳 (2003) 『収益逓増と経路依存 - 複雑系の経済学』多賀出版.
(2) このようなポリアの壺過程から発展したものも含めて、経路依存性の概念は 1990 年代以降、制度論、組織論、技術論などさまざまな分野で進化過程の動態分析に用いられている。詳しくは、North (1990) 、Pierson (2004) 、Sydow et al (2009) ※1-3 を参照されたい。
※1 North, Douglass C. (1990) 「Institutions, Institutional Change and Economic Performance」Cambridge University Press 竹下公視 訳 (1994) 『制度・制度変化・経済成果』晃洋書房.
※2 Pierson, Paul (2004) 『Politics in Time: History, Institutions, and Social Analysis』Princeton University Press 粕谷祐子 訳 (2010)『ポリティクス・イン・タイム - 歴史・制度・社会分析』勁草書房.
※3 Sydow, Jörg., Schreyögg, Georg and Koch, Jochen (2009) 「Organizational Path Dependence: Opening the Black Box」Academy of Management Review, 2009, Vol. 34, No. 4 pp. 689–709.
(3) これは経路依存性の概念においてロックイン (Lock-in) と呼ばれる現象である。その技術や制度が他に比べて非効率であったり、他にそれより優れた技術や制度が存在しているにも関わらず、当初に選択された技術や制度が固定化されてしまうことをいう。その具体例としては David (1985) が取り上げたキーボードの QWERTY 配列の事例がよく知られている。
※1 David, Paul A. (1985) 「Clio and the economics of QWERTY」American Economic Review, 1985, Vol. 75, No. 2, pp. 332-337.
(4) 政策過程論では、経路依存性概念を用いた研究以外でも、一旦選択され開始された制度や政策からの撤退 (終了・廃止・変更) は困難であることが指摘されている (Bardach 1976、DeLeon 1978、岡本 1996、岡本 2003、Jann and Wegrich 2007、 Turnhout 2009、山谷 2012、柳至 2018) ※1-9 。
※1 Bardach, Eugene (1976) 「Policy Termination as a Political Process」Policy Sciences, 1976, Vol. 7, No. 2, pp. 123-131.
※2 DeLeon, Peter (1978) 「A theory of policy termination,’ in Judith V. May and Aaron B. Wildavsky」The Policy Cycle. Beverly Hills, CA: Sage Publications, pp. 279–300.
※3 DeLeon, Peter (1987) 「Policy termination as a political phenomenon」in The Politics of Program Evaluation, Newbury Park, Sage Publications, pp. 173–199.
※4 岡本哲和 (1996) 「政策終了理論に関する考察」 関西大学総合情報学部紀要『情報研究』第5巻 17-40頁.
※5 岡本哲和 (2003) 「政策終了理論 - その困難さと今後の可能性」足立幸男・森脇俊雅 編著『公共政策学』ミネルヴァ書房.
※6 Jann, Werner and Wegrich, Kai (2007) 「Theories of the Policy Cycle」in Handbook of Public Policy Analysis, edited by Frank Fischer, Gerald J. Miller, and Mara S. Sidney, pp. 43–62.
※7 Turnhout, Esther (2009) 「The rise and fall of a policy: policy succession and the attempted termination of ecological corridors policy in the Netherlands」Policy Sciences, 2009, Vol. 42, pp. 57–72.
※8 山谷清志 (2012) 「政策終了と政策評価制度」日本公共政策学会『公共政策研究』第12巻 61-73頁.
※9 柳至 (2018) 『不利益分配の政治学 - 地方自治体における政策廃止』有斐閣.
(5) 政策立案者はしばしば政策の終了を政治的に非現実的な選択肢とみているため、政策が目標達成に失敗したと広く認知された時でさえ、政策は存続する傾向がある (Weaver 2010) ※ 。
※ Weaver, R. Kent (2010) 「Paths and Forks or Chutes and Ladders?: Negative Feedbacks and Policy Regime Change」Journal of Public Policy, 2010, Vol. 30, Issue. 2, pp. 137-162.
(6) Geva-May(2004)は、政策形成のメカニズムを理解するための「政策の窓 (Policy Window) モデル」(Kingdon 1984) ※1 の理論枠組みが政策終了 (廃止) にも適用できるとしている ※2。
※1 John W. Kingdon (2011) 『Agendas, alternatives, and public policies』2nd Edition (初版1984) Longman Classics in Political Science 笠京子 訳 (2017)『アジェンダ・選択肢・公共政策 - 政策はどのように決まるのか』勁草書房.
※2 Geva-May, Iris (2004) 「Riding the Wave of Opportunity: Termination in Public Policy」Journal of Public Administration Research and Theory, 2004, Vol. 14, Issue 3, pp. 309–333.

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