大阪都構想について考える ①高すぎる二元行政のコスト

 11月 1日に再び実施される運びとなった、いわゆる大阪都構想 (以下、都構想と略す) の住民投票。そこであらためて「なぜ都構想なのか」を考えていきたいと思います。第一回は、高すぎる二元行政のコストと、それを廃すべき理由について考えます。

「二重行政」ではなく「二元行政」の問題

 都構想の目的として、みなさん最もよく耳にされるのは「二重行政の解消」ではないでしょうか。
 しかしこの言葉から、今ある公共施設や住民サービスが二重行政の名の下にカットされてしまうのでは?と不安を抱く方も中にはおられるようです。しかしそれは大きな誤解。現に住民から必要とされいて、かつ効率的に運営されている施設や住民サービスは、二重でも三重でもあっていいのです。その一方、住民に必要とされておらず非効率なものは、たとえ一重であっても好ましくありません。
 問題は、その効率性を評価したり、必要か・不必要かの合意形成 (意見の一致) を取りまとめる民主的な構造が、二元に存在している (重複している) こと。それこそが、大阪府と大阪市の広域行政に横たわる「二元行政」問題なのです (1) 。

「二元行政」のコストは一元行政の8倍

 私たちの社会が抱えるさまざまな問題の中から、いま取り組むべきものを選択し、それに応じた政策を立案し、人々の意見を集約し、決定し実行に移す ── この流れにおいて、「二元行政」は一元行政のおよそ 8倍のコスト (交渉・合意形成コスト) がかかります (2) 。二元だから 2倍だと思われがちだけどそうじゃない、8倍なのです。

 一元行政において、「問題の認知 → 政策の立案 → 賛成・反対の合意形成」の流れにおける当事者は大きく、住民・官僚・政治 (家) の 3者に分けられます (3) 。
 以下図は、住民・官僚・政治家の 3者が政策に合意するか (賛成か反対か) を、それぞれ ○ ✕ で表したものです。

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 このケースでは、3者が賛成で合意する確率は 1/2 の 3乗 = 1/8 となります。
 つまり「一元行政」では、8回に 1回の確率で全者の意見が賛成で一致します。

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 一方これが大阪府と大阪市による「二元行政」の下では、大阪府民と大阪市民、大阪府の官僚と大阪市の官僚、大阪府の政治家と大阪市の政治家で、当事者は合わせて 6者となります。

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 このケースでは、6者が賛成で合意する確率は 1/2 の 6乗 = 1/64 となります。
 つまり、「二元行政」では、64回に 1回の確率でしか全者の意見が賛成で一致しません。

 二元行政の 64 は一元行政の 8 からみて 8倍。したがって二元行政は一元行政の 8倍のコストがかかる、という捉え方です。

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「二元行政」の高コストが招く「失政」

 二元行政のコストが高すぎることで、政治家または官僚は次のような行動を取る可能性があります。

① 合意形成から住民を外す
② 合意形成から官僚を外す
③ 問題の棚上げ、先送り、放置

 二元行政のコストが高くつくのは合意形成に関わる当事者が多いからです (4) 。そこで政治家は当事者の数を減らそうと考えるかもしれません。
 もしも当事者である 6者のうち政治家以外の、住民・官僚のいずれかを合意形成の過程から外したなら、4者の意見が賛成で一致する確率は 1/2 の 4乗 = 1/16 に低下し、コスト増は一元行政の 2倍に収まるかもしれません。
 しかし、合意形成から住民を外す ① のパターンでは、住民の望まない政策、住民からみて優先順位の低い政策が導入されかねません。
 また ② のパターンでは、官僚の協力が十分に得られないことから、エビデンスに基づいた政策立案が行われず、政策が失敗に終わる可能性が高まるでしょう。

 そして ③ のパターンは、 [1] 当事者間の交渉・調整の失敗、 [2] 取り組むべき問題の取捨選択の誤り、 [3] 政治・行政の不作為によるものです。
 政治家の 1任期は 4年しかなく、官僚の多くも数年ごとに異動がある。その時間制約下において、8倍のコストがかかる二元行政は、合意形成が難しい問題の棚上げ、先送りの誘因となります。
 意思決定の「ゴミ箱モデル」で知られるように、社会が抱える大小さまざまな問題とその解決策は、当事者たちによって無秩序にゴミ箱に放り込まれ混沌として、その多くは政治・行政の不作為から放置されます (5) 。
 さらに、二元行政の高すぎるコストは当事者間の交渉決裂の可能性を高くします (6) 。

 過程ではなく結果で住民から審判される政治・行政において、① ② ③ はいずれも「失政」に他なりません。

「政策の失敗」をいかにして減らすか

 もちろん広域行政における二元行政の一元化だけで全ての問題が解決するわけではありません。
 都構想による広域行政の一元化はあくまで、十分条件ではなく必要条件であるといえます。
 この 8倍の二元行政のコストを一元化により軽減し、浮いた資源をエビデンスに基づく政策立案とその事後評価、及びガバナンス機能の強化に充てるべきです。それはきっと政策の失敗の芽を摘むことに貢献するはずです。

 都構想はこのような考え方に立脚していると、私は解釈しています。


【 付 記 】

 本稿は政治学の分野でよく知られている Kingdon (1984) ※1 の「政策の窓 (Policy Window) モデル」の理論枠組みをヒントに簡略化したものであるが、Kingdon (1984) とは主に以下の点で大きく異なる。

・Kingdon (1984) は政策のアジェンダ設定に関わる「参加者」として、議会関係者 (大統領とそのスタッフ・政府長官・官僚・議員・議会スタッフ) と、議会周辺者 (利益団体・政策研究者・マスコミ・政党・世論) に区別している。本稿ではこの参加者を政策の窓モデルの「 3 つの流れ (問題・政策・政治) 」に振り分け 3 者のアクターに整理した。

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・本稿では上記の 3 アクターと政策の窓の 3 つの流れを対応させているが、できる限り簡素な概念を用いることを目指したため、独立した 3 つの流れをリニアで不可逆的なものとしてみている (以下図) 。また、ステークホルダーからの要求は 3 つのアクター・流れに集約され、蓄積されたそのエネルギーが閾値を超えた時に政策の窓が開く (政策導入・制度変容が起こる) と捉えている ※2 。しかしこれらは Kingdon (1984) の特徴である政策過程の動態的メカニズム (偶然の事象の影響やアクター間の相互作用、そしてタイミング) と非合理性を説明しきれない。

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※1 Kingdon, John W. (2011) 『Agendas, alternatives, and public policies』2nd Edition (初版1984) Longman Classics in Political Science 笠京子 訳 (2017)『アジェンダ・選択肢・公共政策 - 政策はどのように決まるのか』勁草書房.
※2 Pierson, Paul (2004) 『Politics in Time: History, Institutions, and Social Analysis』Princeton University Press 粕谷祐子 訳 (2010)『ポリティクス・イン・タイム - 歴史・制度・社会分析』勁草書房.

【 注 釈 】

(1) 大都市制度のあり方について調査・研究を行うことを目的として大阪府に設置された「大阪府自治制度研究会」(2010年4月~2011年1月・座長 新川達郎 同志社大学教授)は、そのとりまとめ報告書 ※1 において、「大阪の問題の本質は、府市間の二重行政の存在というような表層的な問題にあるのではなく (中略) 大阪全体における都市経営の責任が不明確な状態になっているという、 言わば『二元行政』とも呼ぶべき状態にあること」と記している。 
※1 大阪府自治制度研究会 最終とりまとめ「大阪にふさわしい新たな大都市制度を目指して」2010年9月22日 http://www.pref.osaka.lg.jp/chikishuken/jichiseido/index.html (2020年1月26日最終閲覧)
(2) ここでいうコストとは、取引コスト (Transaction cost) の一つに分類される交渉・意思決定コスト (Dahlman 1979) ※1 を概念的に捉えたものである。取引コストのモデルは Coase (1937) ※2 により提起され、その後 Williamson (1979) ※3 他によって発展的に拡張された。もともとは民間市場における企業の行動分析に関するモデルであるが、現在は公共部門における政府の行動分析にも広く用いられており、公共部門におけるプリンシパル・エージェント関係は民間市場に比べより複雑であるため、そこには高い取引コストが生じるとされる (Dixit 1996) ※4 。
※1 Dahlman, Carl J. (1979) 『The Problem of Externality』The Journal of Law & Economics, 1979, Vol. 22, No.1, pp. 141-162.
※2 Coase, Ronald H. (1937) 「The Nature of the Firm」Economica, 1937, Vol. 4, Issue 16, pp. 386-405.
※3 Williamson, Oliver E. (1979) 「Transaction-Cost Economics: The Governance of Contractual Relations」Journal of Law and Economics, 1979, Vol. 22, No. 2, pp. 233-261.
※4 Dixit, Avinash K. (1996) 『The Making of Economic Policy: A Transaction-cost Politics Perspective』The MIT Press 北村行伸 訳 (2000) 『経済政策の政治経済学 - 取引費用政治学アプローチ』日本経済新聞社.
(3) 規範的には官僚アクターは政治アクターの支配下にあるが、ここでは官僚を実質的な拒否権を持つ行為主体として捉えている。Stiglitz (1988) ※1 は、制度や政策に関する情報の非対称性において議会 (政治) は官僚より比較劣位にあるため、議会は官僚に対して限定的な支配力しか有さないとする。また、Horn (1995) ※2 は、政治アクターと官僚アクターの選好は常に一致しているわけではなく、政府の制度選択の局面において政治の意向に官僚が従うとは限らないと論究している。
※1 Stiglitz, Joseph E. (1988) 『Economics of the Public Sector』W.W.Norton & Company 薮下史郎 訳 (2003) 『スティグリッツ公共経済学 第2版 (上) 』東洋経済新報社.
※2 Horn, Murray J. (1995) 『The Political Economy of Public Administration: Institutional Choice in the Public Sector』Cambridge University Press.
(4) Tsebelis (2002) ※1 の拒否権プレイヤーモデル、Holmstrom and Milgrom (1991) ※2 のマルチタスク・プリンシパル・エージェントモデルなど他の合意形成・意思決定モデルでも示されている通り、アクター、ステークホルダーの増加はその経路を複雑化させる。そのことが交渉・意思決定コストを指数関数的に増嵩させると考えられる。
※1 Tsebelis, George (2002) 『Veto Players: How Political Institutions Work』Princeton University Press 眞柄秀子ほか 訳 (2009) 『拒否権プレイヤー - 政治制度はいかに作動するか』早稲田大学出版部.
※2 Holmstrom, Bengt and Milgrom, Paul (1991) 「Multitask Principal-Agent Analyses: Incentive Contracts, Asset Ownership, and Job Design」Journal of Law, Economics, & Organization, 1991, Vol. 7, pp. 24-52.
(5) Kingdon の政策の窓モデルはもともと Cohen et al. (1972) ※1 のゴミ箱モデル (Garbage can model) から着想を得ている。
※1 Cohen, Michael D.., March, James G. and Olsen, Johan P. (1972) 「A Garbage Can Model of Organizational Choice」Administrative Science Quarterly, 1972, Vol. 17, No. 1, pp. 1-25.
(6) もし当事者間の交渉に伴うコストがゼロであるならば、効率的な資源配分は当事者間の協調によって達成されるかもしれない (Coase 1960) ※1 。一方交渉に伴うコストが高い場合には、資源配分の均衡点に到達することなく交渉は不調に終わる可能性が高い (Mailath and Postwaite 1990) ※2 。また当事者同士が不完備情報下にありフリーライド、抜け駆けの誘因が生じている場合も、交渉は成立しないと考えられる (Myerson and Satterthwaite 1983) ※3 。
※1 Coase, Ronald H. (1960) 「The Problem of Social Cost」Journal of Law and Economics, 1960, Vol. 3, pp. 1-44.
※2 Mailath, George J. and Postlewaite, Andrew (1990) 「Asymmetric Information Bargaining Problems with Many Agents」Review of Economic Studies, 1990, Vol. 57, Issue 3, pp. 351–367.
※3 Myerson, Roger B. and Satterthwaite, Mark A. (1983) 「Efficient mechanisms for bilateral trading」Journal of Economic Theory, 1983, Vol. 29, Issue 2, pp. 265-281.

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