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マキャベリ的知性仮説とかいうやつ

私たちの脳がここまで大きく進化した理由として、現在では「マキャベリ的知性仮説」と呼ばれる説が有力視されています。ざっくり言えば、私たちの脳は群れの仲間と協力したり、裏切りを監視したり、時にはバレないように誰かを裏切るために進化した……という仮説です。

たとえばあなたが野生のサルだったとして、2頭だけの群れで生活しているところを想像してください。あなたが把握しなければならない人間関係(※サル関係?)は、ひと組だけ。あなたと相手が友達かどうか、相手との間に助けたり助けられた過去はあるかどうか、裏切ったり裏切られた過去があるかどうか、だけです。

ところが群れのメンバーが3頭に増えると、覚えておくべき関係性は3組に増えます。4頭なら6組、5頭なら10組です。群れが大きくなるほど、理解しておくべき人間関係は指数関数的に複雑になっていきます。群れ社会のなかで上手く生き抜くには、当然、高い知能が必要です。

実際、霊長類の仲間には「同盟」を組むものが珍しくありません。仲間たちと協力して、餌場や安全なねぐらを守るのです。彼らの「友達の数」は、毛づくろいをするかどうかで調べることができます。ヒトが仲のいい友達とお喋りを楽しむように、他のサルは毛づくろいでお互いの関係を確認します。あるヒヒの調査では、友達の多いメスは、そうでないメスよりも子供の死亡率が低いと分かりました。どうやら人間関係を上手く構築できるかどうかは、自然淘汰の対象になるようです。

私たち現代人の行動にも、マキャベリ的知性仮説の証拠がいくつも見つかっています。

分かりやすい例は、行動経済学の分野で有名な「最後通牒ゲーム」と呼ばれる実験でしょう。これは100ドルを山分けする実験です。被験者2人に100ドルを渡して、片方には好きな割合で山分けしていいと伝えます。もう一方には、相手の提案を受け入れるか拒否するかの選択権を与えます。拒否した場合は、お互いに1ドルももらえません。

経済的合理性に従って考えれば、99ドルと1ドルに山分けすることが正しい選択になってしまいます。金額を提案する側はできるだけ自分の取り分を大きくしたほうがいいですし、相手としても1ドルをもらえれば何ももらえないよりマシです。提案を受け入れざるをえないのです。

ところが実験してみると、そんな結果にはなりませんでした。大半の人が五分五分に近い割合で山分けしましたし、なかには相手の取り分のほうを多くする人さえいました。逆に1ドルしかもらえないと分かったら、たいていの人は怒って提案を拒否しました。何ももらえないよりマシであるにもかかわらず、です!

おそらく私たちの進化の過程では、仲間と協力できるかどうかが決定的に重要だったのでしょう。だから自分に選択権がある場合でも五分五分に近い割合で山分けして、ときには相手の取り分を大きくして、恩を売ったほうがトクになったのです。

また、あまりにも自己中心的で利己的な仲間には、いつ裏切られるか分かりません。だから、そういう相手には怒りを感じて、制裁を加えたくなるのでしょう。1ドルをもらうほうが何ももらえないよりもマシなのではなく、1ドルをもらうよりも利己的な者に制裁を加えるほうが(進化の過程では)トクだったのです。

私たちの巨大な脳は、群れの仲間と「上手くやっていく」ために進化しました。身近な仲間との「貸し」や「借り」をきちんと理解し、記憶しておくために、高度な知能が必要になったのです。

【参考】オマキザルの実験がオモロい

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