見出し画像

[#52] 文句も尽きました

初出: MacPower 2004年 12月号

この連載が始まったのは、Mac OS Xが正式に発表される前、パブリックベータの配布前夜といった時期だった。そこから4年半、いろいろ好き勝手なことを述べてきたなぁと、われながら思うが、どうも最近文句も尽きてきた感がある。当初文句を言い始めたころのテンションは保てなくなっているというのが、正直なところなのだ。理由はいくつかある。

まず歳を重ねたこと(笑)。30代前半と後半では、テンションも違う。また最近は猛烈に忙しく、呑む時間も割いて仕事をしている。オレにとっては「呑む時間 = いろいろ考える時間」なので、呑む時間が減ると頭を柔軟に保つための時間が減っているということになる。これは由々しき事態だ。

仕事の中心がMacから離れてきていることも、大きな理由の1つだ。ここ数年は、どうも半分以上はネット関連の仕事をしている気がする。そうなると、開発者の視点でのMacに対する意見という意味も薄れてしまう。何かMac開発者の視点じゃないよな、最近、とか言われて落ち込んでしまうのである。

しかし、文句が尽きつつある一番大きな理由は、何と言ってもMac OS Xの完成度が上がったからだ。開発者としての視点からはもちろん、自分がユーザーとして使うことにおいても、まったくの初心者に勧められるという意味でも、現在のMac OS Xは十分に使えるパソコン用OSだろう。発売から2年半目のPantherの登場が、Mac OS Xのひとまずの完成と言ってもいい。速度 / 使い勝手 / 美しさ、確実に使いやすい方向に進んでいるのはすばらしいことだ。

振り返ると、この連載でいろんな文句を書いてきたが、この現在の完成で多くは杞憂に終わったのかなぁと、ふっと感慨にふけってしまう。例えば、NeXT開発者コミュニティ一の文化流入について、結構否定的に心配していたが、実際には、Omniに代表される優れたアプリケーションを日常的に使っている。

開発者としても、Cocoaの考え方を自分の中に取り入れられたことは、大きなステップアップにつながった。すでに10年来の付き合いとなるオブジェクト指向という考え方に、1つの結論を与えてもらえたことには感謝している。先に述べたとおり、Mac開発の仕事があるわけではないので、日常的にObjective-Cと触れているというわけではないが、Cocoaというのは1つのパラダイムとしてとらえているので、実際の生産性向上のためのフレームワークという枠組みを超えて、自分の中で役立っている。

逆に残念なことといえば、旧来のMac OS時代からのデベロッパーの中に、Mac OS Xの新しい動きになかなかついてこないところが意外に多かった点だ。それはCocoaを使わない[*1]、ということではなく、プログラムがMac OS Xの新しいテクノロジーに対応していないというのが問題なのだ。ロングファイル名とかATSUI、Rendezvousなどなど、追加されたテクノロジーに対する対応が甘かったりするのだ。特に大手のソフトウェア会社[*2] に、その傾向が見られる。そういうところが、いまだに大規模で不安定なソフトウェアをリリースしているのは、同じ旧来の開発者として悲しい気持ちではある。

そんな対応になってしまう理由は、わかる気もする。大手ほど、Mac OS 9のサポートを終えられないからだろう。同じソースペースで両方のサポートをしたいと考えると、どうしても新しい技術の導入は見送られてしまうものだ。別のソースペースにすると、それはすなわち、Mac OS、Windows に加えて新たなOSをサポートするという、ソフト会社にとってとんでもなく大きな負担となるからだ。これは、CarbonLib路線が原因だったのではないか、と今になって思う。Mac OS9 でもMac OS Xでも動くアプリケーションが作れる、という戦略が、新アプリへの移行を促進するのではなく、旧アプリの延命につながってしまったのだろう。

さて、UNIX文化の流入については、これは今のところ一長一短だと思っている。代表的なのは、ユーザーアカウントの概念とパスの扱いだ。前者に関しては、意識させられることは少なく、しかも必要に応じて使い分けられるという、PC上でのアカウント管理としてはウマいところに落ち着いている。アクセス権のトラブルにも、ほとんど出会うことはない。UNIXバリバリの人から見ると、あまりに甘い設定に怒りを感じるという意見も聞くが、あくまでMac OS Xは個人用OS。これで十分すぎるぐらいだ。

パスについては、残念ながらまだ問題が多いと思う。通常使っている場面では意識することは少ないが、ファイルの場所を示す際の、いわゆるフルパスの表記ではかなりのぶれが見られる。区切り文字が旧来の「:」なのか「/」なのか、ハードディスクから始めるのかルートから始めるのか。Finderではともに前者の方法をとっているが、そうでないアプリケーションも多い。結局まだシステムのサポートが不足しているということになるだろう。早く統一すべき部分だ。

さて、ここらで最後の言い分を書かせてもらおう。今後のMac OS Xに期待すること、それは4年半の間ずっと文句を言い続けてきたFinderについてである。Pantherで多少変更されたが、思ったほど使い勝手は上がらなかった。ユーザーとしてまだあきらめているわけではないので、もっと使いやすいものにしてほしい。もうすでに、以前と同じだけのものを求めているわけではない。Exposéがもたらした革新性は、十分に評価している。もう一歩、以前のようにファイルを中心とした操作性を取り戻してほしい。現在のものはファイル中心ではなく、パス中心だ。ファイル位置なんてものより、そこに見えているファイルが大切なのだ。そのことをもう一度考えて直してほしい。それが、いつまでもMacに夢を見続けているプログラマ一の、最後の言い分である。

バスケ(シエスタウェア代表取締役)http://saryo.org/basuke/
先月は原稿を間に合わせることができませんでした。申し訳ありません。そのため、というわけではありませんが、ここいらで一休みしてみようという感じです。MacPower編集部の皆様、長いことお世話になりました。毎回ぎりぎりのスケジュールで、本当にご迷惑をおかけしました。同時に、書く機会を与えてくださいまして、ありがとうございました。

[*1] Cocoaを使わない - フレームワークに何を使うかは、プログラマーの自由です。
[*2] 大手のソフトウェア会社 - Adobe とMacromediaのことです。Microsoft はよくやっています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?